大東亜戦争は、聖戦であった。

ブログもどき

コメント欄を付けました。

このページの一番下にコメント欄があります。
いらっしゃった記念に、足跡を残していただければ、うれしいです。



花の戦史資料館

受難物語


戦史資料館オープンを前にして、警察相手の大騒ぎでした。

  • 第一話 国家権力からの奇襲攻撃を受けるの巻
  • 第二話 迎撃戦戦闘ヨーイの巻
  • 第三話 命のスペアを持ってる男の巻
  • 第四話 国家権力に屈してたまるか!!!!の巻
  • 第五話 撃ち方やめぇの巻





第一話 国家権力からの奇襲攻撃を受けるの巻

平成28年11月11日、それは突然やってきた。
朝食の箸を持った時、ピンポン。
「回覧板かな」
家内が応対に出た。でも、ちょっと違うようだ。
しばらくして戻ってきて「家宅捜索だって。朝食前だからちょっと待てって言っといた」
「ほぉ、家宅捜索ねぇ」


突然とはいっても、予測しなかったわけではない。近々捜索が入るかもしれないという裏情報は得ていた。
しかし、「家宅捜索令状」まで持ってこようとは思わなかった。




急いで食事を掻き込んで玄関へ出た。
「江南署の刑事課のSです」と警察手帳を見せた。
「戦史資料館の家宅捜索です」
「いいけど、ここは自宅だ。何にもないよ」
「自宅と事務所、及び戦史資料館の令状があります」
「まあいいから上がれ。好きなところを見ろ」
後ろに2,3人控えていると思ったら、全部で6,7人上がってきて、あちこち眺めまわしている。


「二階も見るかい。案内するから…。何にもないけどな」
「二階はいいですよ。でも、一応」
二階は階段上の踊り場から三室を覗いて終わり。ほんとに戦史資料館関係のものは何もないのだから…。




大渕の事務所も見ても何もない。みんな姥ケ山の資料館に運んでしまった後だから、あたりまえだ。
「姥ケ山へ行こうよ。みんなあっちにあるんだから…」と、私はS氏を促した。
「あちらにも何人か行っています」
「ははあ、そうか。いつかテレビで見たやつだ。何か所かにターゲットが分かれているときは、何班かに分かれて一斉に入るんだな」と思っていると、S氏が「ではあなたの車の助手席に乗せてください」と、私の車に乗り込んできた。
「これも知ってるぞ。携帯で証拠隠滅を支持したりしないようにってことだな。なかなかセオリー通りにやるじゃないか。さすがプロ」
変なところで感心してる場合じゃない。被疑者はわしなのだ。






姥ケ山についたら、車が何台か止まっている。何人いるんだ。機動隊、科捜研まで入れて総勢30人近い。
わしが壁に掛けてある小銃を使って銃撃戦でもすると思っているのか。じじい一人になんと大仰な。
もう笑うしかない。そうだ、笑っちゃおう。わっはっはっはっ…




いや、笑っている場合じゃない。予算の無駄遣いだろう。
大体戦史資料館なんて言っても、2間×2間半(8.3㎡)程度。
10人も入ったら身動きが取れない。ほとんどは外に立って暇そうだ。




「勝手に見ろよ」と言って奥の事務所に引っ込んだ。
S氏も招き入れ、こちらは雑談。
時々報告の伝令が来る。

問題がだんだん明らかになってきた。
まず、刃渡りの長すぎる刀などがある。こりゃしょうがないか。

次に小銃の不稼働加工が不十分だという。
「栃木県警からはOKが出てるんだ」と言っても聞かない。まあ、新潟県警としては、メンツもあるだろうから、持ち帰ってよく調べろと言っておいた。

三番目は機関銃だ。科捜研のバカが『あれは機関銃だ』と言い張る。
「どう見たって鉄くずだ」というのが私の見解。
「機関銃として作られたんだから、さびても機関銃だ」
「はじめは機関銃だったかもしれないが、経年変化ですでに鉄くずに変化したものだ。元機関銃だが、今は鉄くずだ」
「いや、機関銃です。不稼働加工をしなければ、持ってはいけない」
「不稼働加工をしてみようもないほどさび付いているではないか。どうやって加工するんだ」
「でもあれは機関銃です」
「では、銃である要件は何だ。例えば銃身がある。薬室がある。撃鉄、撃針がある。遊底がある。さらにそれが稼働するとか、あるだろ。言ってみろ」
でも、彼は言えない。引金すら朽ち果ててどこにあったのかわからないのだから…。
あまりのあほらしさに、もう一度笑っちゃおう。わっはっはっはっ…








でも、国家権力は、そんなものでも一応持ち帰った。
帰ったら上司から「こりゃどう見ても元機関銃としか言えないなあ。ゴミみたいなもの、持ち帰るなよ」と言われるであろう。
その場合は返還される。
その時は、さらにもう一度笑うことにしよう。わっはっはっはっ…。あっ、今笑うんじゃなかった。




そのうちに次の問題が出てきた。手榴弾だ。
信管がないかどうか、レントゲンで調べるという。
「お前の頭も、中身がちゃんとあるか見てもらえ」と、そばにいた孫に軽口をたたいて、結果を待った。
結果は「信管があり、火薬も詰まっている」ということになった。
「これは我々の範疇ではない。自衛隊の爆発物処理班に応援を頼む」とSは言う。
江南署、県警の科捜研、機動隊、自衛隊まで巻き込んでの大捕り物となった。
もう一度笑っちゃおう。わっはっはっはっ…

笑っているうちに11時半を過ぎた。
自衛隊からはまだどう対応するかの判断が出ない。
わしゃあきれ返って、昼食のため、いったん家に帰った。
1時間ほどして戻っても、まだ自衛隊からの回答はない。
「どこの部隊が担当なんだ」
「朝霞です」
「ヘリですぐ来いって言えよ。伊達にヘリを持たせてるんじゃないんだ」
「もうちょっと待ってください」
ほかの大ぜいは暇そうに突っ立っている。さすがに機動隊は帰った。「このじじい、銃撃戦をやる意思はないみたいだ」と判断したのだろう。






S氏と事務所でコーヒーを飲みながら、さらに歓談。
「俺はね、海南島で生まれたんだよ。海南島は当時の日本領の最南端で、日本人も大勢いて、立派な病院もあった。
でも戦況が悪くなって民間人は次々に引き上げてね、でも、おれのおふくろはハラボテだったから、引き上げ船に乗せてもらえない。
日本人がいなくなってがら空きになった病院には、南方からの傷病兵が送り込まれ、野戦病院になったんだよ。200人以上いたって話だ。



おれはそんなところで生まれたんだ。おれは、兵隊さんたちを励ますため、思い切り大きな声で産声を上げてやったんだよ。
そしたら兵隊さんたちは喜んだね。「日本男児の誕生だ。ばんざーい」ってね。みんなで集めたお金が帽子に入ったまんま、おふくろんとこに届いたんだってさ。
あの兵隊さんたち、何人が日本帰ってこれたのかね。
おれは、あの兵隊さんたちの最後の夢だったんだよ。
戦史資料館をやっているのは、おれのように見えて俺じゃない。あの兵隊さんたちが俺の肩に乗って、おれを動かしてるんだよ。おれたちの気持ちを後世に伝えてくれってね」


こんな話をしていたら、思わず胸が詰まって言葉が出なくなり、不覚にも涙がこぼれた。


さらに話した。
「あの小銃はね、お前が持ってはいけないってんなら返さなくてもいい。ただ、廃棄処分にはしてくれるな。兵隊さんたちの血と涙がこもってるんだ。
さらには、日本の文化をそこで断ち切ることになる。一片の法律のために2600年の歴史を断ち切っちゃいかんよ。
持ってもいい人もいるはずだ。例えば自衛隊。新発田の展示館とか、遊就館とか、どこか探して残してくれ」




こんな話をしているうち4時半になった。自衛隊からもう一つの情報が入った。
日本軍の手榴弾だったものは、自衛隊の訓練用にも使っていたらしく、見つけ次第回収することになっているんだそうだ。
結局、よくくるんで送ればいいということで、警察が持って行った。
当然だ。あんなもの蹴飛ばしたって爆発なんかしやしない。
戦場じゃ腰につるして匍匐前進してるんだ。



さらにS氏は言う。
「本当はこれは生活何とか課の仕事なんですよ」
「つまり、おれが凶悪で、生活何とか課では対応できないから、丸暴担当のお前さんが来たってことだな」
「いやいや、そんなことないですよ。私はもとさんのことを信じてます。その証拠に朝も食事が終わるまで待ってたじゃないですか。暴力団とか麻薬の時は鍵をぶち壊して土足で飛び込みますよ」
「まっ、それはいい。それで?」
「一応、署の方にも顔を出してほしいんです」
「任意出頭か」
「そういうわけじゃないんですが、一応生活課長の話も聞いてほしいと思って…」
「調書を取るのか」
「調書は取りません」
「とるならとってもいいが、さっき渡した『小説・命のスペアを持ってる男』を添付書類としてつけなきゃ、ハンコは押さないよ。ところで、行かなきゃ逮捕状、持ってくるんだろ」
「そういじめないでお願いします」
「コーヒーぐらい出るんだろうな」
「それはちょっと…。お茶、出ますから…」
「取調室か」
「談話室です」
でも、案内されたのは取調室だった。お茶は約束通り出てきたが…。

だいぶ待たされて、生活何とか課の課長が出てきた。思ったより若い。
今までさんざS氏に話した小銃の処分のこと、機関銃のことをもう一度よくお願いして、解放となった。

小銃は何とか返してもらえそうだ。機関銃は返してもらわなければならない。
返さないというのであれば、江南署を相手取って訴訟を起こす。
あれはあくまで「元機関銃であったらしい鉄くず」なのだ。

いろいろな新しい体験をした1日であった。
でも、悪いことばかりではなかった。
たぶん警察官の諸氏にも、多少のいい影響を与えたと思う。少なくとも数人は、「こんな薄いヘルメットで戦ってたんですね。この穴は弾の後でしょうか」とか「オキュペイドジャパンて、初めて知りました」とか、暇にあかせて説明文を読んでくれていた。
もっとよかったのは、孫や婿は「戦史資料館」の何たるかは知ってはいるが、S氏に話したような、突っ込んだ話をする機会がなかった。そばで聞いていて、私の思いも知ってくれたことと思う。

第一話 国家権力からの奇襲攻撃を受けるの巻 終わり

平成28年11月12日記





第二話 迎撃戦戦闘ヨーイの巻



今日は平成28年11月14日、雨の確率0%。
太陽は「今日も一日やったるぜ」と言わんばかりに輝いている。
でも俺は「お天道様は照っても心は闇だ。娑婆にゃ神も仏もねぇのかよ」の気分。
だって、日本の未来にとって大切なものが、今、破壊されようとしているのだ。





料理に使う包丁は、刃渡り1メートルでも構わない。
なぜなら、それを所持する正当な理由があり、適切に管理しているから…。それはわかる。

わしだって、日本の文化を継承し、先人に感謝をささげ、現在の日本の基礎を作ってくれた方々の誠を後世に伝えるために展示し、社会教育に資するという正当な理由をもって所持しているのである。
わしが不必要にそれらの刃物を隠し持って街を徘徊していたのなら、没収されても致し方ないが、ぼろとはいえ、ちゃんとした展示施設の中に、ちゃんとした展示スペースを設け、ちゃんとした展示架台を設けて展示してあるのである。
どこが違うというのか。

大切なことだから、しつこくもう一度書く。
料理を作るのは立派なことだが、先人に感謝の誠をささげることはくだらないこととでもいうのか。
しっかり管理して大切に保管されている、私たちの多くの祖先の誠のこもった銃剣は、チンピラやくざが隠し持っているナイフと同じだというのか。





話は変わるが、営業マンという職業の人たちがいる。
あちこち歩き回って、自社製品をPRし、その良さを知ってもらい、受注に結び付けるのが目的だ。
いい営業マンは、会社に帰って「課長、今日はこれだけ受注してきました」と報告できる。ダメな営業マンは報告すべきことがない。
しかし、努力したけど受注のなかった営業マンはどうするか。
「課長、今日は受注がありませんでした。しかし、これだけのお客様に面会し、自社製品の良さをPRしたしました。この方は、来年の予算に組み込んでもらえそうです」などと報告し、名刺を見せるだろう。
それにより課長は、努力は認めてくれるのである。
だから私は、私にとって不要なものであっても飛び込みで来た営業マンを部屋に上げ、名刺を渡す。
帰って報告するネタをお土産として持たすことは、かつて同じ立場にいた私の、彼らに対する思いやりである。




警察官も同じである。何も持たずに帰っては上司に「お前、一日何をしてたんだ。ちゃんと仕事をしたのか」と言われるであろう。
鉄くずを銃と言い張る科捜研のバカにも、一応お土産を持たせた。
でも、思いやりもこれで終わりだ。こちらも反撃に出るぞ。

まず、軍刀を返してもらう。
5本押収されたが、そのうち4本は押収する必要のないものだ。
返却を求める訴訟を起こす。
ただし、弁護士はつけない。自分でやる。なぜなら、お金がないから…。(とほほ

本当に、弁護士費用などない。仕事をしながら、「今月は3万円利益が出たなぁ。これでベニヤ板が買える」などと思いつつ、やっと作り上げた資料館だ。
神棚のお払いも、護国神社に泣きこんで玉串料をおまけしてもらったぐらいだ。
玉串料を値切るなんて、神をも恐れぬけしからん奴であることよ。
こういう時は、笑ってごまかすに限る。わっはっはっは…

11月14日夕方、軍刀4本の返還を求める訴訟を起こそうと、訴状を書いて裁判所に出向いた。印紙の額を確認するとともに、書式はこれでいいか、アドバイスをもらおうと思ったのである。
請求の趣旨に『・・・返還せよ』と書いたが、裁判所の窓口では、「書式が違います。『引き渡せ』と書いてください。それと、請求すべき物品の金額も必要です。それによって印紙の額が違います」という。
どうも納得ができない。『引き渡せ』というのは、『あなたが持っている〇〇は、本来私に渡すべきものである』というニュアンスがある。わしが言いたいのは『わしのものを不当に押収したのだから、元に戻せ』ということだ。

物品の価格と言ったって、0円としか言いようがない。あえて言えば、鉄くずの相場で800円ぐらいかなとしか言えない。
どうも話がかみ合わず、堂々巡りを繰り返した。

そのうち、彼は言った。「まだ刑事事件が解決してないんじゃないですかね。刑事事件が解決しないと、民事訴訟は起こせませんよ」
そこでわしはハタと気が付いた。
わしは被疑者だったのだ。刀剣類を押収されて、終わったような気がしていたが、あれは証拠物件で、それをもとにして検察庁に書類送検され、裁判があって、判決が出るんだ。
警察は簡単に証拠物件を破棄したりはしない。安心した。

「なんで安心するんだ。懲役5年の実刑判決でも出たらどうするんだ。心配しろ」と言われそうだが、本当に安心したんだ。

つまり、こちらから積極的に裁判を起こさなくとも、ちゃんと法廷に出られる。そこであの刀剣類は、チンピラやくざのナイフではなく、立派な調理人の包丁と同じ類のものだと主張すればいいのだ。その機会は与えられるのだ。
これが安心せずにいられようか。

早く書類送検をしてくれないかと、楽しみになってきた。
ちょっと困るのは、その日が12月8,9,10,11日に掛かると戦史資料館のオープンに差し支える。でも、そんなに早くは進まないだろう。
これについちゃ、お祈りするしかないな。





裁判で主張すべきものはもう一つある。
「九二式機関銃様のもの」についてだ。

かつて戦地で使われていたころは、機関銃というものであっただろう。
それから七十有余年の歳月を経て、今はただの錆の塊に変化してしまっている。



銃とは、弾丸を発射し、その運動エネルギーを利用し対象物を破壊するための道具である。
弾丸を発射するには、火薬などの装薬を装填するための空間が必要であり、その装薬を発火させるためには撃針・撃鉄、および撃鉄の留め金を解除する引金が必要である。そして、それらが潤滑に動く必要がある。
警察が押収していった「九二式機関銃様のもの」は、錆の塊であり、どれもないどころか、引金のありかすら定かではない。
弾丸を発射する機能を有しないものは、すでに銃ではない。

科捜研のバカは、「整備すれば稼働する可能性がある」とのたまった。
バカか。そんなことはあり得ない。できるなら、やってみろと言いたい。
「専門家に見てもらわないと、そうは断定できない」と科捜研のバカは言うが、お前たちだって専門家だから来ているんだろう。ど素人なら、来るな。



整備するにも、鉄はすでに酸化鉄に変化してしまっている。酸化鉄は鉄(Fe)ではない。要するに『ボロボロにさびた鉄』それが酸化鉄だ。酸化鉄は砂の塊と同じで強度はない。
銃身の強度や平滑度をうんぬんする以前の問題だ。
そんなものを銃というのは、強弁以外の何物でもない。

まっ、裁判を待つよりしょうがないか。
『反撃開始、打ち方はじめ』は、相手が動いてからだ。
ひと休みするとしよう。

第二話 迎撃戦戦闘ヨーイの巻 終わり

平成28年11月14日記



第三話 命のスペアを持ってる男の巻





第一章 海南島

昭和二十年の年が明けたころ、日本は戦況不利が明らかになってきました。外地にいる日本人は、内地に帰る方針が示され、海南島にいた私の家族も引き揚げることとなりました。
しかし、私を身ごもっていた母は、船に乗せてもらえません。船の中では、出産に対応できないからです。
やむなく、海南島で出産を待つこととなりました。




日本が占領したとはいえ、占領間もない海南島は、普通の病院などありません。あったのは野戦病院だけです。母は、野戦病院で私を産むこととなりました。




昭和二十年四月四日、海南島楡林(ゆりん)にある日本軍の野戦病院は、シンと静まり返っていました。
入院患者は、腕や足がなくなった人、腹の中に銃弾が入ったままの人、顔半分が吹き飛ばされた人などばかりが数百人、いつもは一晩中、痛みをこらえるうめき声が絶えません。
しかし、今日の夕方からは、そのうめき声がぴたりとやんだのです。




彼らは、もうじき生まれるであろう子供の誕生を待っていたのです。
『おい、今夜この病院で子供が生まれるんだそうだ』
『ウン、知ってる。男かなあ。女かなあ』
『どっちでもいいじゃないか。元気で生まれてくれれば・・』
『そうだ。おれたちゃ、生きて日本に帰れるかどうかも分からないし、後を託そう』
こそこそと、そんな会話があちこちで交わされました。




傷ついて自分の明日に希望をもてない兵士たちは、生まれてくる赤ちゃんに希望の光を見出したのです。彼らは息を潜めて、新しい命の誕生を待ちました。
日ごろとは打って変わった静けさの中で、夜は更けていきました。




第二章 赤ちゃん誕生

日が変わって南十字星が輝く空が白み始めるころ、私は生まれました。
私の『おぎゃー』という声がしじまに響き渡ると、あちこちの病室から『ばんざぁーい』の声が巻き起こりました。
『どっちだ?』
『男の子だそうだ』
『そうか、日本男児の誕生だ』
『ばんざぁーい、ばんざぁーい』
数百人のバンザイの声は、津波のごとく病院中を覆い、いつまでも、いつまでも続きました。
帽子がまわされ、傷ついた兵士たちの喜びの気持ちを託したお金が集められました。




私がこの世に生まれてきたことを、見ず知らずの人たち数百人が『バンザイ』で迎えてくれたのです。お祝いのお金までくれたのです。
これほど祝福を受けて生まれてきた人は、世の中に何人いるでありましょうか。
そして、私を祝福してくれた方々の何人が、無事日本の土を踏めたのでしょうか。



第三章 天国では

それから三十五年の月日が流れたころ、天国ではこんな会話が交わされていました。
『おい戦友。久しぶりだな。元気かい』
『やあ、氷川曹長じゃないか。オレは元気だ。しかし、大変なことが起きたぞ。俺たちがここ(天国)に来る直前に生まれた子供がいたなあ。男の子だぞ。覚えてるか』
『覚えてるとも。アンときゃ、涙を流しながら万歳を叫んだなあ。おれたちゃ内地の土を踏めずに海南島から直接天国に来ちまったが、あの子が生まれたから悔いはなかったんだ』
『そうとも。だけど昨日、神様の予定表をちらりと見たが、明日あの子が事故に会うことになっているんだ』
『そりゃ大変だ。死ぬのか』
『そこまでは分からんが、死なしちゃなんねぇーぞ』
『そりゃそうだ。あの子は俺たちが地上に残してきた希望の星だ。俺たちができなかったことをやってほしいと、望みをあの子に託したんだから・・』
『俺は、地上で使い残した命の手持ちが四十三年分ある。それを分けてやろうと思うんだが、どうだろう』『そりやいい。おれは五十一年分持ってるぞ』
『皆にも声をかけて、俺たちが使い残した命を持ち寄ろうじゃないか』
『そうだ、そうだ。おれたちゃ、授かった自分の命を使い切らないうちにここに来ちまったんだからなぁ。持っていたっていまさら生き返るわけじゃないしな』




私は、乗っていたオートバイがぐちゃぐちゃになり、かぶっていたヘルメットにも亀裂が入るような事故にあいながら、不思議と体にはかすり傷一つ負いませんでした。
いや、本当は不思議ではないのです。天国での会話を知らなかっただけなのです。




これを機に「天国本里福治命の基金」が創設されました。私の命が途切れないよう、「命の基金」管理局は、二十四時間三百六十五日体制で、監視保護体制を布くようになったのです。




オートバイ事故から三十年。
「命の基金」管理局は、充実した管理体制が続いていました。
『局長、本里福治の危険見張り班、申し継ぎ完了。交代します』
『よし、交代せよ。見張りを厳重にな』
『了解』
『他の部署はどうだ』
『監視用レーダー、作動良好』
『命注入バルブ、用意よしっ』
『緊急連絡用伝声管、整備ヨシッ』
『命保管庫、異常なし』
『命の在庫状況は?』
『現在百二十六名分、千八百二十三年です』
『ちょっと多すぎゃしないか。千年も生きたら大変だぞ』
『大丈夫です。賞味期限の過ぎた命も少なくないので、実際には百年ほどでしょう』

命に賞味期限があるかどうかは定かではないが、・・・。




第四章 平和な国日本

局長は、副長を呼んだ。
『副長、その後の日本の様子はどうだ』
『ハイ、先般靖国神社へ行ってきた戦友の話によると、ちょうど御魂祭りだったそうです。浴衣を着た女の子が何人もキャアキャア笑いながら金魚すくいをしてたそうですよ』
『そうか、平和なんだな。良かったなあ』
『子供が笑っている国がいい国で、子供が泣き悲しんでいる国が悪い国。いい国と悪い国の判別は簡単ですよ』
『そのとおりだ。わしらがなってほしかった国になったようだ』
『しかし、気になるのは支那が台頭してきているようです』
『心配いらん。あの国の国旗は五星紅旗だろう。日の丸が光り輝けば、星は光を失って姿を隠す』
『もっともですな。あっはっはっはっ』
『近いうちにあの坊やが・・・、いや、もう坊やではないな。いいジジイになっとるだろうが、天国に生まれ変わってきたときにゃ、またバンザイで迎えてやろうじゃないか。楽しみだなあ。それまで生きていたいものだ』
『大丈夫ですよ、局長。もう死んでいますから、これ以上死にません』




「天国本里福治命の基金」が稼動している限り、私は死なないのです。命のスペアが用意されているからです。
でも、それは私の命ではありません。彼らから預かっている命なのです。だから、その命を不義不正のために使うことは許されないのです。私利私欲のために使うこともだめなのです。
正義のため、国のため、世のため人のためにしか使えないのです。
国のために戦い、そして散っていった人たちの念いを具現化するためにしか使えないのです。それ以外のために使ってはいけないのです。
だって、預かった命なのですから・・・。

しかし、この命を正義のため、国のため、世のため人のために使っている限りは、命のスペアは何百とあるのです。
私は、命のスペアを持っている男なのです。




&size(10){平成二十四年七月二日記
};本里福治RIGHT:

第四話 国家権力に屈してたまるか!!!!の巻

『○○殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の三日も降ればいい』
とは、よく言った。ということは、雨にも『殺傷能力』はあるようである。(笑




その信憑性はさておき、人を殺そうと思ったら、スパナでも、竹やりでも、ドライバー一本でも、十分だ。
要は、それを持っている人が、『人を殺害しよう』という意思を持っているかどうかだ。
銃の格好をしているからと言って、何を騒いでいるのか。




銃も刀剣も、単なる道具だ。誰が、何の目的で、どのように保管管理しているかが大事だろう。
何度も書いたが、調理人が長い包丁を持っているのは調理をするためで、人を殺傷するためではないから、おとがめはない。
わしが、どんな道具を持とうと、人を殺傷しようという気はないから、おとがめなしで当然だ。おれが人を殺傷しようと思っているとでもいうのか。馬鹿どもが…。
本当に殺そうと思ったら、殺傷能力のある銃ぐらい、わしの技術力をもってすれば、ムサシでそろう材料だけで作れるぞ。




いきなり持って行かず、『こう加工してください』とか『こう展示してください』とか言ってくれれば、そうしようではないか。
文句があれば、もう一度来い。バカ国家権力め!!




まあ、そうカッカカッカしないで、戦後の銃の歴史についてちょっと書いてみる。
昭和二十年、帝国陸海軍が無条件降伏をして、武器、兵器はすべて米軍に押収された。




ちょっと脱線するが、大日本帝国が無条件降伏をしたのではない。一般に言われている『我が国は無条件降伏をした』というのは嘘だ。
我が帝国はポツダム宣言を飲むという条件で降伏したのだ。ポツダム宣言の中の一項目に『帝国陸海軍は、無条件で武装解除する』という文言があったということだ。
これは大事だよ。よく頭に刻み込んでおいてほしい。




さて、話は戻って、敗戦に伴って米軍に押収された武器だ。
それらのほとんどは米軍によって破棄されたが、一部は不稼働処置をされて、日本に戻ってきた。単なる『モデルガン』としてだ。当然、税関を通っている。

税関で「これは銃器としての用をなさない」と認められているのである。それが、アメ横などで売られているのである。我が資料館に展示してある銃も、そのたぐいである。




ただし、年式の新しい九九式小銃は、米国の小銃 キャリバー30M1ライフルと同じ弾が撃てるように改造された。昭和四十年代まで 自衛隊で使っていたが、今は、廃棄されたと思う。
口径三十というのは、NATO加盟国で使う弾丸の標準サイズの一つで、百分の三十インチを意味する。
弾の大きさは、鉛筆の太さぐらいと思えばよい。




九二式機関銃について

さて、錆の塊である『九二式機関銃様のもの』はというと、あれはレイテ(だったと思う)のジャングルから持ち帰ったものである。
しかし、税関がなかなか通してくれない。そこで栗林白岳氏が中曽根康弘に頼み込み、渡辺美智雄氏か労をとって、税関を通したのである。昭和五十年代の話である。




それからずっと、三十年以上、戦争博物館に展示してあったのだ。
展示してあったということは、堂々と人前にさらしていたということである。
隠し持っていたわけではないし、今、突然土の下から出現したわけでもない。
今さら田舎警察が乗り出すようなことではないのである。




刀剣類については、何度も書いているので皆さん飽きただろうから、さらには書かない。

かようなわけで、今回の押収は、完全な警察の勇み足である。
江南警察署は、順法精神旺盛にして人間愛に富んだ私を『無法者扱い』したことを深く反省するとともに、改心してまっとうな人間に立ち返ることを求める。

警察の名誉のために追伸

さんざん警察の悪口を書いたが、警察の名誉のためにちょっと付け加えておこう。
今回の対応は、彼らも実に紳士的であった。というか、好意的と言ったらいいのかもしれない。
というのは、S氏自ら言っていたように、いきなり踏み込んだりせず、着替えて朝食をとり終わるまで外で待っていてくれた。
何でもないことのようだが、実は大変なことなのだ。
その間に証拠物件を隠したりするかもしれない。裏口から逃げるかもしれない。
『本里は、そんなことはしない』と、信じていてくれた証拠だ。




手榴弾だって、なんとしても身柄をとっていこうと思ったら、『爆発物所持現行犯』という手がある。
今回は『見つけたんで、持っていきます。承諾の判をください』と、それだけだった。
調書も取らなかった。ということは、『本里は悪い奴だから、なんとしても立件しよう』という気がなかったと、私は解釈している。




私は以前から思っていたことだが、自衛隊と警察こそ、日本の経済発展に大きく寄与していると思う。
治安の悪い国が、どうして経済発展ができようか。
中東やギリシャに投資をしようとは、だれも思わない。
人々が戦火から逃れるために右往左往していては、生産活動もできない。
やっと作った橋は、敵対陣営の兵隊が来て爆破され、こちらは敵の作ったビルを破壊する、これでは、経済の蓄積はできない。




外敵からの防衛にあたっているのが自衛隊であり、国内の犯罪等から治安を守っているのが警察である。
私は本冊子でいやになるほど『国家権力』と書いて罵倒してきたが、実は国家権力は強くなくてはならないのだ。
弱くては治安は守れない。




ただ、その権力は正しく使ってほしい。
『わが戦史資料館をターゲットにするのはお門違いである』ということは、明確に断言できる。




私が断言しても、相手がそう思ってくれるかどうかはわからない。
調べてみたら、やはり本里は悪い奴だという結果になるかもしれない。そのときは、『調書』をとることになるだろう。

『任意出頭』とやらを求められたら、『おっ、立件して、書類送検するつもりだな』と解釈すべし。

そうなったら、もう一度笑おう。わっはっはっは



第四話 国家権力に屈してたまるか!!!!の巻 終わり

平成二十八年十二月三日記


第五話 撃ち方やめぇの巻




平成二十八年十二月七日、戦史資料館のオープン初日はいよいよ明日だ。
積年の大願成就を前にして、大体の準備は整った。




とはいえ、ホームページやオープンチラシに載せておいた銃や刀剣類はない。嘘をついたようで、せっかく来てくださった方々に申し訳がないので、飾ってあった時の写真を掲示し、『キャツメラの乱暴狼藉前』というキャプションをつけておいた。
どうだ、キャツメラ、恐れ入ったか。

画像の説明   

画像の説明

七日の十一時、護国神社様においでいただき、神棚に魂を入れた。これが最後の仕上げである。



さあ、いよいよすべてが終わり、神職様にお茶を召し上がっていただいていると電話が鳴った。
『江南署のSです。三時ごろ、鉄砲をお返しに行きますよ』
驚いた。早速参列者と神職様に『緊急報告です。三時に鉄砲が帰ってきまぁーす』
みんな、歓声を上げて喜んだね。
『キャツメラってのはよろしくないよ。剝がしておかないと、キャツメラ、気分を害して、鉄砲、持って帰っちゃうかもしれないよ』という意見も出たが、わしはあえて外さなかった。




二時半ごろ、S氏とT氏がやってきた。『元機関銃であった錆の塊』を二人で車から下し展示室に搬入し終わると、小銃を自ら銃架に掛けてくれた。




『これは二番目に掛けたらいいのですかね』
『いや、それは三番目だ』
張り紙を見て、
『乱暴狼藉ですか。へへへ…、決して乱暴狼藉じゃないんですけどね。へへへ』
『お前たちのやってることは乱暴狼藉とおなじだよ。改心せぇ~よ』
わしの言いたい放題の悪態も、とどまるところを知らない。これじゃあ彼らも苦笑いするより仕方がない。
『でも、オープンに間に合いましたね』
『いやぁ、ありがとう。うれしいよ』
『あなたの気持ちはよくわかりましたので・・・。何とかオープンに間に合わせようと思って…』
悪態をつきながらも、何ともいううれしい言葉をもらった。





刀剣類は生活安全課の担当だから、まだ結論は出ないという。
三人でコーヒーを飲みながら、
『早く起訴してくれよ。裁判所で、おれのやっていることは調理師の仕事に比べて、そんなにくだらないことかどうかを主張し、裁判官の判断を仰ぎたいんだ』
『いやあ、起訴にはならんでしょう。なったとしても検察がどう判断するかですからねぇ…』
それじゃ困るのだが、それを警察官に行ってもしょうがない。
今日のところは、捜査一課の厚情に感謝し、一旦『戦闘中止、打ち方やめぇ―』ということに、相成った。




刀剣類については、官憲と私の考え方の違いであり、これについては、るる述べたので、これ以上しつこくは書かない。




銃については、『キャツメラの乱暴狼藉』・・・いや、彼らが本当に乱暴狼藉を働いたのではない。話を面白くするため、オーバーな表現をしているだけだから、悪しからず…。ちょっとは、悪しかるけど…。
銃とはいえ、あれは銃の格好をした単なる「もの」にすぎないのである。

画像の説明
38式小銃の分解写真

画像の説明
銃身はこのようにそぎ取り、銃弾の発射はできない。

画像の説明
遊底は完全に溶接され、銃弾の装填はできない。

以上でお分かりのように、完全な不稼働加工がしてあるのだ。
言っちゃ悪いが、小銃に関しちゃ、警察官よりわしの方がちょっとは知識がある。
それにもかかわらず、国家権力をかさに着て偉そうに言うから腹が立つのだ。『乱暴狼藉』と言いたくもなる。

でもまあ、わかってくれりゃいいとしよう。
『撃ち方やめぇ。用具収め』



第五話 撃ち方やめぇの巻 終わり

平成二十八年十二月九日記


ご無沙汰、すみません。.・・・・・・・・・・・・・平成27年10月18日(日曜日)



10か月ぶりに書きこみます。
昨日、楽しみにしていた新生第1回軍歌祭に行ってきました。
楽しかったなあ。久しぶりの人にもお会いできたし…。
館長も元気だったし…。

残念だったのは、いつもお会いする方で、お会いできなかった方が何人かいました。
お歳だったから、体調でも崩されたか、会場が変わったんで、探すのが億劫だったか…。

報告の写真は近々アップします。
今日(日曜日)も仕事でして、明日も朝から、ちょっとした大仕事が入ってますので、ちょっと待ってね。

その後は、会社の事務所の移転と戦史資料館の開館準備が待ってます。
戦史資料館は、部屋だけはできたのですが、展示品を搬入して、飾り付けがこれからです。

事務所は、20日に引っ越し準備、21日に『ヒカリ』が入って、パソコン、電話、FAXが開通します。22日にデスク、書庫などを搬入、後は暇にあかせて書類などを運び込み、完全稼働体制がとれるのは、来月に入っちゃうでしょう。

まあ、がんばってやります。


ご無沙汰、すみません。.・・・・・・・・・・・・・平成26年12月10日(水曜日)



仕事と憲法改正に向けての準備と、他社のトラブルに巻き込まれてのドタバタで、ちょっとさぼっているうちに、1カ月過ぎてしまいました。ごめんなさい。

今年も残すところ20日、光陰矢のごとしとはよく言った。
ところで新潟の戦史資料館のことです。
前にも書いたと思うが、一般社団法人戦史資料館の理事をお願いしている友人が、会社を閉鎖することになって、倉庫が空きます。それを利用させていただいて展示施設を作ろうと思っています。

青写真はできたものの、仕事が忙しく、いまだに手が付いていません。
今まで倉庫として使っていたので、置いてある品物の処分から始めなくては…。

まっ、ぼちぼちやります。


プーチンさん、G.J.・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平成26年10月30日(木曜日)


プーチンさん、素晴らしい。
わし、プーチンさんが好きになっちゃった。
『ロシア』を『日本』に置き換えて、読んでください。



2013年2月4日、ロシア大統領ウラジミール プーチンは、デュマ(ロシア国会)でロシアにおけるマイノリティに対する緊張状態に関して、スピーチを行った。

“ロシアにはロシア人が住んでいる。どこから来たどんなマイノリティも、ロシアに住むことを希望し、ロシアで働き食べていくのなら、ロシア語を話し、ロシアの法律を尊重するべきだ。

もし、彼らがシャーリア法を好むのなら、我々は彼らにその法律を適用している場所に行く事を勧める。ロシアにマイノリティーは必要ない。マイノリティーはロシアが必要だ。

そして我々は彼らに特権を与える事はなく、我々の法律を彼らが望むように変えることはない。彼らが、どれほど大声で「差別だ!」と叫んだとしてもだ。

もし我々が国家として生き残るつもりなら、アメリカ、イギリス、オランダ、フランスの自殺行為な国家運営に学ぶべきだ。
ロシアの習慣と伝統は、文化欠如や多くのマイノリティーの原始的なやり方とは共存しない。

この名誉ある立法府が新たな法律の制定を考えるのなら、国益が第一と念頭に置くべきであり、マイノリティはロシア人ではないと認めるべきだ。“


酸性雨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平成26年10月28日(火曜日)


先日、新潟の海岸を車で走る機会があった。
だいぶ前からのことではあるが、松が枯れている。

役所は、松くい虫が大発生して松が枯れたと発表し、盛んに松くい虫の薬を撒いている。
馬鹿じゃないか。そんなことは絶対ない。

あらゆる生物は、食糧事情の許す限り大発生するものだ。
つまり、松が枯れて、松くい虫の食料が増えたから、結果として松くい虫が大発生したのだ。
ちょっと生物学を学んだ人なら、簡単にわかることだ。

では、なぜ松が枯れたか。支那から飛んでくる亜硫酸ガスのためだ。
亜硫酸ガスは、水に溶けて酸性雨となる。それが松を枯らすのだ。

松だけではない。500年間たち続けた鎌倉の大仏は、この30年ほどで急に腐食が進み始めたという。なぜか、酸性雨のためだ。

そのうち農作物にも被害が出るぞ。
役所は、くだらないことにカネを使わず、支那に賠償を求めるがいい。
いや、支那国はつぶさなければ酸性雨は止まらないであろう。

立枯れた松をご覧ください。
画像の説明

画像の説明

画像の説明

画像の説明


第42回帝国陸海軍軍歌演奏会・軍装祭の写真アップ・・・平成26年10月22日(水曜日)



第42回帝国陸海軍軍歌演奏会・軍装祭の写真をアップしました。
メニューの『資料館ニュース』をご覧ください。


第42回帝国陸海軍軍歌演奏会・軍装祭・・・平成26年10月19日(日曜日)


昨日は、第42回帝国陸海軍軍歌演奏会・軍装祭でした。
久しぶりに心をリフレッシュ。

懐かしい友人にもいろいろ会えた。
田母神閣下も来場していました。

例によって写真を掲載すべきところですが、私のカメラは古くって、バッテリー上がりで写せませんでした。
フル充電して今日に備えたつもりだったのですが、バッテリーの寿命のようです。

しょうがないので、友人のカメラを借りて撮影しました。
その友人が写真を送ってくれるまで、ダメです。

少々お待ちください。



これが最後の軍歌祭になるかも…と思っていましたが、ひょっとしたら次回も可能性あり。
半年後ではなく、1年後(平成27年10月 ?)の再開を目指して努力する旨、館長からのメッセージがありました。

ただし、条件が付けられました。
『今回来た方は、全員来ること、さらに友人を2名誘うこと』

私は行くことは当然だが、館長だってこの軍歌祭を生きがいに生きているようなものだから、やめたら死んでしまうでしょう。(笑

元気で、いつまでもこの会を続けてください。


ある宗教団体の新聞から。その2・・・。・・・・・・・・平成26年10月16日(木曜日)


話は変わるが、もう40年も前頃であろうか、『不幸の手紙』というものがあった。

『1週間以内にこれと同じ文面で、10人の人にはがきを出しなさい。そうしないと、あなたに不幸が訪れる』みたいな内容のハガキだ。

我が家にも来た。わしゃ怒り狂った。

『不幸でも何でも来てみろ。こんなはがきを受け取った人は、全員おれにハガキを出せ。国民すべての不幸をわし一人で背負って地獄に行ってやる』
その場でハガキを破り捨てた。
その後は、こんなくだらないハガキは来なかったが…。

その時の私の気持ちと、きのう書いた教祖様のお気持ちは相通ずるものがある気がする。

死後の世界があるか無いかは、死んでみなければわからないが、生きているときの命、死んでからの命を犠牲にして人を救うことは尊いことである。

祖国が危機にひんした時、父母、兄弟、妻子、そしてそれに続く多くの子孫たちのために命をささげた人たちがいた。

『人を救うために自分が死ぬ』それを実行した方々が英霊である。
英霊の心は、神仏に認められるべき、偉業なのである。


ある宗教団体の新聞から・・・。・・・・・・・・平成26年10月15日(水曜日)


家内は、ある宗教団体に入っている。そこで発行している新聞があったので目を通してみた。
その宗教組織の創設者、教祖様っていえばいいのか、よくわからないが、その方がこんなことを書いていた。
『自分は若いころ、哲学を勉強した。その中で一番興味を持ったのは、米国の哲学者ウィリアム・ジェームスのプラグマティズムである』という。
要は、哲学は理論を解くだけではだめで、実践し、社会をよくすることによって価値が生まれる、というのである。

その後、宗教に目覚めてからも、その宗教が世のため人のためになって、初めて意味を持つという方針を貫いてきた。自分を救う宗教ではなく、衆生を救う宗教であれと彼は言う。

さらに言う。『自分が天国に行きたい』と思うことと『世の中の人をすべて天国に行かせるためなら、自分は地獄に行ってもいい』ということは、全く別なことのように見えるが、実は同じである。自分が天国に行きたいと思えば、神のご加護で天国に行くであろう。世の中の人をすべて天国に行かせるためなら、自分は地獄に行ってもいいと思って行動している人は、地獄へ行くことなどあり得ない。両方とも、天国に行けると、彼は書いている。

実にその通りだと思う。

2001年9月11日にアメリカ合衆国で発生したイスラム過激派による同時多発テロを評して『神風』と言った人がいた。たしかに爆弾を抱いたまま突っ込む行動に共通点がないわけではない。しかし、内容はまったく違う。

イスラム過激派は、ジハードで命を落とすことは、自分が天国に行くためのものである。
日本の神風特攻隊は国を救い、父母、兄弟、子供を救いたいということであった。自分のためではない。
ましてや突っ込んだ相手は敵の艦船、戦闘部隊であり、民間人ではない。

日本国民1億人を救うため死んだ特攻隊員は天国に行くことは間違いない。しかし、民間人(非戦闘員)を殺して死んだイスラムテロは極楽に行けるわけがないと、思っていた。
だが、その新聞を読んでから、ひょっとしたらイスラムテロも、神のご加護で天国に行ったのかもしれないと思った。行先は同じだったのかもしれない。


次世代の党の山田宏幹事長G.J。・・・・・・・・・・平成26年10月13日(月曜日)


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141011-00000093-san-pol
Yahooニュースより

外務省HPからアジア女性基金呼びかけ文削除
産経新聞 10月11日(土)7時55分配信

外務省は10日、元慰安婦に「償い金」を支給したアジア女性基金の「拠金呼びかけ文」をホームページから削除した。
文中に「10代の少女までも含む多くの女性を強制的に『慰安婦』として軍に従わせた」との記述が含まれていたためで、次世代の党の山田宏幹事長が6日の衆院予算委員会で「強制連行はなかった」「問題がある」と指摘し、岸田文雄外相が削除を検討する考えを示していた。



山田宏議員、なかなかやるじゃないか。素晴らしい。
次世代の党、がんばってほしい。

わしゃ、『太陽の党』だけど…。



降りてこなけりゃ書けない。・・・・・・・・・・・・平成26年10月10日(金曜日)


特攻隊を主題にした脚本家、奈美木映里さんが、ある対談の中で『脚本を書くとき、自分で書いた記憶がないんです。後で読み返して「こんな台詞、私が書けるはずがない」というような感じなのです。作品を評価いただいて、「テレビの脚本を書いてくれ」というような依頼があったりするのですが、私の場合、頼まれて書けるものじゃないんです。降りてこないと書けないというような感じなので、そういう依頼はお断りしています』と語っている。

よくわかる。
私の書いているものは、そんな立派なものではないが、後から読み直してみて、『俺って、こんなすごい表現をしていたんだ』と思うことが時々ある。
“すごい”といっても、”自分で自覚している能力に比べて…”という範囲ではあるが…。
その時、私も『何かが降りてきている』と思うのである。

その対談の中で奈美木映里さんは、こうも言っている。
『特攻隊のことを美化していると、始めのころはずいぶんと批判されました。でも、私は「美化したい」と思ったのです。だって美しいし、格好いい。たったひとつしかない命を祖国のためにささげたんですもの』

なんと、このページで10月5日に書いたことと同じ言葉が出てきたではないか。
まさに『何かが降りてきた』と言わずして、何と表現したらいいのだろう。

私はまだ奈美木映里さんの舞台を見たことはないが、ぜひ一度見てみたいものである。


左翼の言葉狩り。その4・・・・・・・・・・・・・平成26年10月10日(金曜日)


『つんぼ めくら』で検索したら、差別語(放送禁止用語)のリストが出てきた。
その面白いこと。笑っちゃう。

過去帳はダメで檀家の記録というのだそうだ。
興信所は調査機関、特殊学級は身障児学級。
人格・人権を損なうんだそうだが、どこが人権を損なうのかわからんわい。

めくらは目の不自由な人、つんぼは耳の不自由な人、おしは口の不自由な人、びっこ・ちんばは足の不自由な人だそうだ。
さしずめ、ブスは顔の不自由な人、馬鹿は頭の不自由な人、ハゲは頭髪の不自由な人とでも言えばいいのか。
インポテンツはチ○○の不自由な人??? かえって悪い。(笑

きちがいに刃物、狂気の沙汰は、絶対に使ってはいけない言葉だそうだ。
これは、朝日新聞がやっていることを擁護するために決めたんじゃないかな。

『職業に関する侮蔑語』については、ひとつの傾向がある。
○○屋はいけないらしい。
クズ屋ゴミ屋は廃品回収業者、周旋屋は周旋業者、土建屋は土建業者だそうだ。
靴屋、パン屋、魚屋、瀬戸物屋、釣具屋はなぜ入ってないの? 入れないなんて差別だ。

床屋もダメノ中に入っているが、私が行く床屋の母ちゃんは『私が床屋を始めてからさぁ、もう40年になるけどさぁ…』などと話している。ありゃ、自分で自分を侮蔑してるのかなあ。

まえつき(前科者)、ほんぼし(真犯人)もダメだそうだ。
ブタ箱(留置場)、ガサ(捜索)、コロシ(殺人)、タタキ(強盗)、パクる(逮捕する)、みんなダメ。
刑事さん、あなたは口をきいてはいけません。
刑事ものドラマは、見る価値がなくなっちゃう。

越後の米つき、富山の三助、上方のぜい六、伊勢こじきもダメ。
新潟ではよく『佐渡むじな』なんて言うけど、こんなことを言ったらすぐパクられちゃうな。オット、パクられちゃうって言ったら、パクられちゃうんだった。

これからは憎たらしいおばあさんに会っても『このくそたれババア』などと言うのはやめよう。
『大便をなさりつつある年老いた女性の方』と言うことにしよう。


左翼の言葉狩り。その3・・・・・・・・・・・・・平成26年10月9日(木曜日)


かつて、ある朝鮮人と話したことがある。
彼は『朝鮮人と言うな』という。差別だそうだ。
私は言った。『じゃ、なんといえばいいんだ?』
『韓国人といえ』
『韓国の人にはそれでいいだろう。北朝鮮人と韓国人は同じ民族だろう。その両方を一括して呼びたいときは何と言えばいいんだ』
彼は小さな声で『韓民族』
『何言ってるんだ。日本でカン民族と言ったら漢民族だよ。中国と言ったら山陰山陽を合わせた日本の地方名だよ』
結局彼は答えられなかった。

『相手が嫌がっているのだから、嫌がる言葉を使うべきではない』という理屈もわかる。
しかし、たとえば女性が『女のくせに…と言われて馬鹿にされた。女という言葉を使うな』と言ったら、誰でもおかしいと思うだろう。

支那人の学生が、『教授が支那という言葉を使ったのが面白くない』と騒いで、教授は首になった。
ウソではない。廣池千九郎という偉い方(私は本当に偉いと思っている)が提唱したモラロジーが経営主体である麗澤大学の話だ。

『支那』は決して馬鹿にした言葉ではない。
廣池千九郎自身書いた本の表題が『支那概論』だ。創設者に対する裏切りではないか。

もう一つ証拠をあげる。
私の祖母のいとこは支那子という名である。(既に他界したが…)
支那子の父は支那子が生まれたころ、支那に住んでいた。子の誕生を喜んだ父は、生まれた土地にちなんで『支那子』と名付けたのである。
支那が差別語であれば、愛娘に『馬鹿子』とか『豚子』とか名付けるのと同じであろう。
そんな親がいたら会いたいものだ。


左翼の言葉狩り。その2・・・・・・・・・・・・・平成26年10月8日(水曜日)


いけないのは、人権の名のもとに、立派な日本語を抹殺することだ。
たとえば、『めくら』。

これは立派な日本語であり、『めくら蓋をかける』とか『めくらフランジ』(注1)とか、職人の言葉では『ここを塞いでめくらにする』などと、目の見えない人を指す以外にいろいろ使っている。
めくら判を押す』人もいれば、『めくら縞』という伝統の柄の着物を着ている人もいる。

つんぼ』もそうだ。
『つんぼ桟敷』とは立派な日本語であり、『つんぼ桟敷におかれた』(注2)などと使えなくなってしまうのは困る。

『いやぁー、ねん挫しちゃってさぁ、びっこ引きながら歩いてるよ』は、なんといえばいいのだろう。

悪いのは、身障者を馬鹿にすることで、その言葉ではない。
言葉を無くしたからといって、差別がなくなるわけではない。

言葉狩りは、単に日本語を衰退を衰退させ、ひいては日本の文化を壊滅させるだけの効果しかない。

注1
めくらフランジとは、配管材料の一種である。
パイプとパイプをつなぐとき、パイプにリング状のつばを溶接し、そのつば同士をボルトで固定するのだが、そのリング状のつばをフランジという。
リング状になっていない、単に丸い板状のフランジもある。それを『めくらフランジ』という。

注2
『つんぼ桟敷』とは歌舞伎などの観客席で一番舞台から遠いところをいい、役者の声が聞こえないことからその名がついた。
みんなが知っていることを自分だけが聞いていなかったような時、『私だけつんぼ桟敷におかれた』などと使う。


左翼の言葉狩り。・・・・・・・・・・・・・平成26年10月7日(火曜日)


http://www.sankei.com/life/news/141006/lif1410060023-n1.html
平成26.10.6

産経ニュースより

(166)間奏 I 日本人を衰弱させる言葉狩り

・・・・・・・・・・・・・・・・・略・・・・・・・・・・・・・・・
中国や韓国を巻き込むことで多くの首を飛ばしてきた。特にひどかったのが「核兵器保有の是非を国会で議論すべきだ」と提起した西村真悟防衛政務次官に対する朝日新聞の攻撃だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・略・・・・・・・・・・・・・・・・・

一部だけコピペした。
『核武装すべきだ』ということも一つの意見。そんな意見があってもいいと思う。
もっとも、当時の西村氏は防衛庁長官だったから、立場上『ダメ』というのならわからなくもないが、議論することそのものを封殺するのは独裁者の言動だ。
それが朝日新聞の真の姿だ。

とはいえそれは過去のこと。
その西村氏が党首となったのが『太陽の党』
期待するところ、大である。


自衛隊協力会総会に参加。・・・・・・・・・・・・・平成26年10月6日(月曜日)


昨日5日は、新潟市自衛隊協力会の平成26年度総会。
私も出席した。
不慣れながら、司会を担当させてもらった。

後の懇親会は、実に楽しかった。
なかなかお会いする機会のない国会議員、県市議会議員の先生方ともお会いできた。
現職自衛官(新潟地区にある自衛隊のトップ)、友好団体の長などとも、親しく意見交換し、少しはお利口になれたかも…。
また、会員ともなかなかお会いする機会はないが、この場で旧交を温めつつ、意思の確認を行った。

来賓である現職の方のお一人に、航空自衛隊新潟救難隊の隊長がおられた。
偶然にもこのページで2日前に『日本の誇り、航空救難隊。』を書いたばかりだったので、そのお話をしたら非常に喜んでいただいた。

自衛隊は『日本人の生命財産を護る最後の砦』である。

自衛隊員宣誓に曰く『事に臨んでは危険を顧みず、身を以て責務の完遂に勤め…』・・・すなわち『死ぬかもしれないと思えることであっても、命令があればやります』ということだ。

こんな宣誓をして勤務している人は、自衛官以外にはいない。なんと尊い使命感であろう。
彼らの待遇を決めるのは政府であるが、彼らの名誉を護ってやれるのは、一人ひとりの国民だ。

自衛隊さん、ありがとう。あなた方のおかげで、我々国民は安心して生きていけます。


戦争を美化しよう。・・・・・・・・・・・・・平成26年10月5日(日曜日)


たとえば、東日本大震災の時、ボランティアで支援活動をされた方はカッコいいと思う。
御嶽山噴火のとき、火口近くに取り残された方を救助に向かわれた自衛隊、消防隊、警察などの方々は、カッコいいと思う。

道で転んだおばあさんに駆け寄って助け起こす方がいたら、カッコいいと思う。
さりげなく道に落ちているごみを拾ってごみ箱に入れる人を見たら、カッコいいと思う。

国に危機が迫った時、命をかけて守った人たちも、実にカッコいい
国民にとって、これ以上のカッコよさはない。最高のカッコよさであろう。
そのカッコよさを美化しないではいられない。



私が小説を書く能力があったら、そんな人たちをとことん美化して、美談として書きたい。

戦ってくれたおじいちゃん、ありがとう。あなたのおかげで、今の日本があります。


日本の誇り、航空救難隊。・・・・・・・・・・・・・平成26年10月3日(金曜日)


昨日、航空救難隊について、ちょっと触れたので、もう少し触れてみたい。

航空自衛隊救難隊は、上空で空中戦が繰り広げられている下をかいくぐってパイロットを救出するのが主たる任務である。
安全が保障されているところ以外はいかない警察ヘリや消防ヘリとは、基本的に覚悟が違う。

もちろん平時においては無駄に命を危険にさらすことはしないのは当たり前であるが、技量は格段に違う。

だいぶ前のことであるが、冬の日本海が荒れて佐渡汽船が欠航した。
佐渡の高校生が大学入試を受けられなくなった。
なんとかならないかと、警察などにヘリの出動を要請したが、どこも『この天候ではヘリは飛ばせない』と断られた。

最後に頼ってきたのが航空自衛隊新潟救難隊である。
救難隊のヘリは飛んだ。高校生は無事試験に間に合って、無事合格。当人から感謝の手紙が届いた。

必要に応じて山岳の遭難捜査や災害派遣などにも出動するが、それは主たる任務ではない。

全国に救難隊は10個救難団を持つが、その中でも特に技量の優れているのは、新潟救難隊である。

新潟救難隊は航空救難団救難戦技競技会において何度も優勝している。素晴らしい。


御嶽山。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平成26年10月2日(木曜日)


御嶽山で亡くなられた方に対し、心からご冥福をお祈りいたします。

それにしても、またもや自衛隊の方たちの働き、素晴らしいです。頭が下がります。

おバカ左翼の女弁護士が『救助に人手がいるなら、消防か警察、山岳警備隊を出せばいいのに…』とつぶやいたとか、どうしたとか。
あの高地、まして山際でヘリをホバリングできる操縦の技量をもった操縦士が自衛隊以外にいると思っているのか。

航空自衛隊救難隊の技量は、世界屈指であることを知らないようだ。

陸上自衛隊は、装甲車を持ち出してきた。さすがだ。
日本で、大きな石が降ってくるなかに突入していけるのは陸上自衛隊の装甲車だけだ。

その雄姿をご覧あれ。

画像の説明

画像の説明

画像の説明

画像の説明

画像の説明


北朝鮮に訪朝団派遣か。・・・・・・・・・・・・平成26年10月1日(水曜日)


http://www.yomiuri.co.jp/politics/20140930-OYT1T50142.html

読売ニュース

拉致再調査で訪朝団派遣へ…政府、北の打診受け
2014年10月01日 07時04分

 安倍首相は30日夕、北朝鮮による日本人拉致被害者らの再調査をめぐり、北朝鮮側から日本側担当者の訪朝を打診されたことを明らかにした。
 首相官邸で記者団に語った。中国・瀋陽で29日に行われた日朝の外務省局長級協議で北朝鮮側が日本側に求めたもので、政府はこれを受け入れ、訪朝団を派遣する方針を固めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・以下略・・・・・・・・・・・・・・・・

朝鮮人というのは、『駆け引きの強い奴が得をする、相手をだましてでも自分を有利にしよう、強い方と手を組んで得をしよう、脅してでも相手に言うことを聞かせよう』という発想が普通のようだ。

拉致問題もそうである。
日本人的発想では『さっさと謝って拉致被害者を返してくれればいいのに…。そうすれば、国交も回復してやるし、万景峰号の入港も認めるし、ODAだって出すかもしれない。なんてったって、日本人は人がいいんだから…。それをうまく利用すればいいのに…』と思う。
それをどういうわけか、日本人が一番嫌う方法で持ってくるから、話はややこしくなる。

被害者の情報を提出する期限(9月半ば)を過ぎても知らん顔で、『詳しいことは我が国に来て、担当者に聞いてくれ』だと…? なめんじゃねぇー。

政府は外務省の実務担当者を派遣することを決めたらしい。

とにかく願うことは、だまされないこと。
あっちペースで『ここが誰それの墓です』とか、『ここで交通事故にあいました』とか、証拠にもならないことを言い出すだろう。
調査権のない日本の調査団としては『持ち帰って報告します』としか言えないだろうが、北朝鮮は『わが国の報告を、日本は受け入れた』と宣伝する可能性がある。

はっきりと『受け入れたわけではない。聞き置いただけである』と、明言しておくべきだ。

このようなリスクがあるからといって、派遣しないわけにはいかないだろう。
まさか『お前んとこは信用できない』とも言えないだろうし、言ったとしても『せっかく途中経過を報告しようとしているのに、日本は理由もなく断った。日本の方が拉致問題解決に消極的だ』と宣伝されかねない。

なんとも面倒な国だ。
拉致問題さえなかったら『寄るな、触るな、こっち見るな』だ。


】「太陽」は沈んでいなかった!・・・・・・・・・・・・平成26年9月30日(火曜日)


http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20140929/plt1409290916001-n1.htm

【名言か迷言か】「太陽」は沈んでいなかった! 「田母神新党」は次世代の別働隊?
2014.09.29

夕刊フジの記事である。
お読みいただければわかるが、内容は、石原慎太郎元東京都知事を代表として結成された「太陽の党」はいまだに生き残っていた。「太陽は沈んではいなかった」というのだ。

代表であった石原慎太郎元東京都知事が日本維新の会に合流したことで太陽の党は消滅したと思われていたが、実は「政党」としていまだに生き残っていた。
いわば西村慎吾氏は、太陽の党中興の祖である。

そのいきさつは、原文をお読みいただくとして、太陽の党代表となった西村氏は、29日召集の臨時国会中に次世代と統一会派を組み、来年の統一地方選後の衆院解散・総選挙までには「合流」するとのタイムスケジュールを描いているという。




前回の西村氏の選挙のときは、わざわざ新潟から大阪まで、西村氏の陣中見舞いに行った。
その後も、靖国神社で何度かご一緒した。
田母神氏と組めば、待ちに待った真の保守政党ができるであろう。

今までの『保守もどき政党』には飽き飽きした。
太陽よ、昇れ。太陽が輝きだせば、五星紅旗の星などは色あせて消え去る。何億年も繰り返された自然の摂理である。



以下は雑談。
今日の午前中、私の管理しているホームページ・・・7つほどあるのだが…それがみんな消えてしまった。ちょっとあわてた。

よく調べたら、ドメインのお金を払うのを忘れて、期限切れになってしまったのだ。
サーバーのレンタル料はちゃんと払ったのに、なんとも、間の抜けた話ではありました。(笑


今、日本がとても面白い。もっと面白くなる。・・・・・・・・・・・・平成26年9月26日(金曜日)


私、今まで何度か、自民党員として登録したことがあります。
と言いますのは、選挙のたびに後援者の署名を求められるごとく、党員募集に応じることを責められまして…。(笑

消去法でいきますと、自民党しかなかったので、しょうがなく名前を貸したようなものです。
でも、違和感がありました。日本をここまで悪くしたのは自民党といってもいいのですから…。

しかし、今度は違います。
『待ってました』です。積極的に太陽の党党員として微力を尽くす所存です。

日本が、面白くなってきました。
南朝鮮なんかにかかわっているときじゃない。
美空ひばりさんも言ってます。『ばーかをぉ相手ぇ~の、時ィじゃなぁぁい』


南朝鮮に付ける薬を作ってよ。・・・・・・・・・・・・平成26年9月25日(木曜日)


http://sankei.jp.msn.com/world/news/140923/kor14092307000001-n1.htm

「慰安婦の存在が全て」 韓国、朝日の誤報を不問に対日要求
2014.9.23 07:00

・・・・・・・・・・・・・・・・・・一部コピペ・・・・・・・・・・・・
慰安婦問題を「女性の人権侵害という普遍的な問題」とみなし、軍の直接的な関与や強制連行がなかろうが、許してはならない問題というわけだ。「衆知の事実は証明の必要なし」と断言した報道官の言葉がそれを示している。
・・・・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・・・
韓国側が言う日韓対話の前進や関係改善は、あくまでも韓国側の主張を日本側が受け入れ、韓国が納得したうえでのことを意味する。慰安婦問題をはじめ、歴史認識に関する問題への韓国の姿勢は頑として変わっていない。
・・・・・・・・・・・・・・・・コピペ終わり・・・・・・・・・・・

いわゆる『慰安婦問題』の焦点は、軍の強制が有ったか無かったかだ。
『女性の人権問題』は、別の話だ。
とはいっても、あの国には『真実』は通用しない。

まともな国であれば『朝日新聞の誤報に踊らされ、我々は間違った方向に国論を持って行ってしまった。日本に謝罪すると同時に、その原因となった朝日新聞を強く糾弾する』というべきであろう。

こんなバカ国家はほおっておくよりしょうがない。
何を言ってきても知らん顔、それしかない。

それにしても、あの国は書くことには困らない。
今度は、こんなことまで言い出してるし…。

【韓国】 駐日米軍部隊のエンブレムに「旭日旗デザイン使用」物議
~韓国議員、政府に対応要求「半島有事には来る戦力」

http://blog.goo.ne.jp/sakurasakuya7/e/f56ecb1f21330693f5eda453ca2a44bf

有事には来てもらえると思っているのが、あほの証拠。

ほんとは、こんなことばかり書いていたくない。
田母神新党(太陽の党)について書きたい。
でもそれは明日。


またやったか、南朝鮮。・・・・・・・・・・・・平成26年9月23日(火曜日)


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140922-00000078-spnannex-spo

世界一バド男子に不可解逆風…空調操作?田児「他の国じゃありえない」

スポニチアネックス 9月22日(月)9時43分配信

要約すると、仁川アジア大会において行われたバドミントン男子団体で、初戦となった韓国との準々決勝で日本が敗れた。エースの田児賢一(25=NTT東日本)が出場した第1試合のシングルスでは、韓国を後押しする不可解な風が会場に吹き荒れたというのだ。

21―12で奪った第1ゲームは無風だったが、第2ゲームに入ると、田児を向かい風が襲う。コートチェンジした第3ゲームは風向きが変わるはずだが、空調が意図的に操作されたのか、なぜか再び向かい風となった。

意図的に空調を操作したとしか思えない。
日本だけではない。4カ国が抗議している。

こんな卑怯なことをしてまで勝ちたいのか。
そこまでして勝ったことに、何の意味があるのか。
恥ずかしくないのか。



日本だったらどうであろう。
選手に『空調を操作して、君が有利になるようにしよう』と持ちかけたら、即座に断るだろう。
選手の知らない間にこのようなことが行われたと、後で知ったら、その選手は、勝利を返上するのではないだろうか。

そこで思い出すのは、シドニー五輪100kg超級決勝で、フランスのダビド・ドゥイエと対戦した篠原である。
審判の誤審であったのだが、篠原「審判もドゥイエも悪くない。全て自分が弱いから負けたんです」とそれ以上言明せず、潔く引き下がった。

篠原のインタビューを見て、感動したことを思い出す。彼こそ武士だ、侍だと思った。(いまの篠原は、ちょっと問題もあるらしいが…。)《笑



あの国は、スポーツをやる資格などない。

さて、2018年の平昌冬季五輪の開催はどうなるのか。高みの見物といこう。
ひとつ言えることは、支援の要請があっても相手にしないこと。
あの国にかかわると、ろくなことはない。

寄るな、触るな、こっち見るな!!!!!


今、日本が面白い。・・・・・・・・・・・・平成26年9月22日(月曜日)


朝日新聞の没落に象徴されるように、今、日本の流れが変わろうとしている。
今年6月30日31日と、新潟県に天皇皇后両陛下が行幸された。
植樹祭が行われたのである。

お泊りになった長岡市では、県民挙げての歓迎行事が行われた。
私も旗行列と、提灯奉迎に参加した。

下記参照↓↓↓↓↓
http://nihonkaigi.sumera-ikusa.com/index.php

日の丸の小旗を持った2,000人の行列が、200メートル以上続き、『天皇陛下ばんざーい、皇后陛下ばんざーい』の声が町に轟き渡った。

30年前には、デモといえば赤旗に決まっていた。
仲間と『我々も何時か、あれぐらいの人数で日の丸を挙げたデモ隊を組織してみたいものだな』と話しあったものだ。
それが、今や現実となったのだ。

現実味を帯びてきたことの一つが憲法改正である。

これからの2年間が、その勝負の時代となるだろう。
日本会議では、憲法改正をにらみ、その国民投票に勝利すべく、準備中である。
元閣僚19人のうち、15名が日本会議議員連盟の会員である。今をおいては、チャンスはない。
私も、その方向で微力を尽くしている。

この拙文をお読みいただいている諸兄の地域においても、きっと日本会議が動いているはずである。
日本の歴史を変える節目に、5尺の体を引っ提げて参加しようではないか。

地域の状況を知りたい方は、メールを頂ければご紹介します。

またはこちらへお問い合わせください。
http://www.nipponkaigi.org/tag/憲法改正?cat=3&tag=94


朝鮮民族を信頼するな。・・・・・・・・・・・・平成26年9月21日(日曜日)


http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140920/plc14092000140004-n1.htm

政府、北朝鮮の遅延作戦を牽制
2014.9.20 00:14

 拉致被害者らの再調査をめぐり、北朝鮮が1回目の報告を先送りする「遅延戦術」に出てきた。合意した期限を守らない不誠実な北朝鮮の対応が露呈した格好で、日本政府高官は「(再調査開始から)約2カ月見守ってきたが、非常に残念だ」と牽制した。日本政府は内容のある調査報告につなげるため、日朝外務省局長級協議の早期開催を求めるなど、北朝鮮の出方を慎重に見極める構えだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・コピペ、以下略・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やっぱりか。
南も北も、信用できない民族だ。

『日本政府内には、北朝鮮が経済的な見返りを日本から引き出すため、駆け引きを強めているとの見方が広がる。』とのことだが、この見方が正しいであろう。

今まで何度も騙されてきた。
柳の下に、いつまでもドジョウはいないぞ。

歴代の総理は、『北朝鮮との国交回復をした総理』という名を残すため、あるいは北朝鮮におもねて私腹を肥やすため、または拉致された日本人の人権を軽く見て、・・・・理由はよくわからないが、拉致問題解決のための交渉をいい加減にしてきた。
だまされたふりをして、日本人をだましてきたといってもいい

平成 2 年の金丸田辺訪朝団の『戦後 50 年の償い・・・』という三党合意は、さすがの政府も『政府間の条約とは違う』との声明を出さざるを得なかった。その声明に対する北朝鮮の回答は、平成 5 年 5 月の、能登沖へのノドンの発射であった。

それに懲りない政府は平成 7 年 3 月、またもや与党訪朝団を送ったのである。そこで渡辺美智雄団長が聞いた言葉は『わが国は、日本まで届く武器を持っている』という北朝鮮の恫喝だった。
腰を抜かした日本政府は同年 10 月に 50 万トンの米を北朝鮮に送ったのである。

一応『国交交渉再開のため、拉致された日本人を救出するため・・』との大義名分がついてはいたが、実際に北京で局長級会談が開かれたのは、 2 年も経た平成 9 年 8 月になってからであった。それも『拉致を議題にするなら会談を決裂させる』と言う北朝鮮に譲歩し『行方不明者の捜索』という表現になった。

その後、『探したけれど、そんな人はいませんでした』という北朝鮮の一言で、日本政府はおずおずと引き下がってきたことは記憶に新しい。おまけに、この北朝鮮会談のときも、米 7 万 5000 トンの無償支援という『おまけ』がついていたのである。

これら一連の『日本政府の外交努力』に対する北朝鮮の答えは、平成 10 年 8 月のテポドン発射、平成 11 年3月の工作船二隻の領海侵犯、そして繰り返される覚せい剤の密輸だった。

それでも日本国民は耐え忍んだ。『政府も人の子だ。きっといつかはちゃんとした交渉をしてくれるだろう。政府要人、与党国会議員も日本人であることを信じよう』という気持ちがどこかにあったからである。

しかし、平成 11 年の野中村山訪朝団は、もう許せない。どんな裏話をしてきたのか。どんな弱みを握られているのか。彼らは本当に日本人なのか。日本の国益を担って外交努力をしているのか。

裏の世界はよくわからないが、よく分からないまま北朝鮮を交渉の椅子に座らせるためだけに十万トンの米が無償支援されたのである。
それも、その席では、拉致問題は議題としては出されないという裏約束付きである。

『交渉の椅子に座ってほしければ米をよこせ。ただし、その席では拉致問題を持ち出してはならない』と言う北朝鮮の言い草に『ははっ、お言いつけには背きませんのでどうぞ席にお着きください』と平身低頭しているのが日本の外務省の姿だ。

安倍総理は、その轍を踏まないと信じたい。


在韓米軍は撤退するか。・・・・・・・・・・・・平成26年9月18日(木曜日)


この60年間当たり前だった東アジアの勢力図は、今塗り替えられようとしている。
2014.09.17の夕刊フジに、次の記事がある。
その1部をコピペしてみる。(青文字は記事のコピペ)

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140917/dms1409171140003-n1.htm

強まる米軍の「韓国撤退論」 日本を敵対視する姿勢に高まる批判

連載:世界を斬る 日高義樹(1935年、名古屋市生まれ。東京大学英文科卒。59年NHKに入局し、ワシントン支局長、理事待遇アメリカ総局長を歴任。退職後、ハーバード大学客員教授・同大諮問委員を経て、現在はハドソン研究所首席研究員、全米商工会議所会長顧問。

 米国防総省の首脳、特に韓国に駐留したことのある陸軍幹部や兵隊らの間に、韓国が米国の軍事同盟国・日本をあまりにも敵対視しているため、「中国軍の侵略に備えて米軍を朝鮮半島に駐留させておくことに意味があるのか」といった批判が強くなっている。
・・・・・・・・・・・・記事引用、以下略・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・以下、筆者記・・・・・・・・・・・・・・・

昭和20年(1945)日本の敗戦によって、東アジアは自由圏と共産圏の綱引きの場となった。その最前線が朝鮮半島であった。
北から侵略の火の手を上げた共産勢力を駆逐するため、米軍は韓国に協力して戦った。結果的に38度線を境界として韓国・北朝鮮が対立した状態で休戦状況にあるのが現在の情勢である。

その後韓国に駐屯を続けた在韓米軍の戦略は、有事の際は韓国軍を指揮下に入れるとともに、在日米軍の支援を受けて作戦行動をとるということである。

なぜ北朝鮮という無法者国家が存在しうるのかというと、あの地域がないと、在韓米軍と中国共産党軍が川1本はさんで対峙することとなり、軍事的緊張が増す。これは支那にとっても米軍にとっても好ましいことではないので、緩衝地帯としてあの地域が必要だったのだ。

しかし今、状況は変わった。

朝鮮有事の際は、在韓米軍の指揮下に入るはずだった韓国軍は、2016年からは独立してたたかうこととなった。これでは北朝鮮にかなわない。

一方、韓国の反日姿勢が高まるにつれ、日本の対韓感情は、韓国を東アジア安定のパートナーとは見なさなくなっている。

在日米軍は、日米安保条約に基づいて日本に駐留しているのであるが、その目的は日本への侵略から日本を護ることにある。第3国に対する攻撃のために在日米軍が日本の基地を使用しようとするときは、日本の承諾を必要とすることになっている。

日本から在日米軍が朝鮮半島に出撃しようとしても、日本は基地使用を認めないであろう。
これでは在韓米軍は戦えない。戦闘地域(朝鮮半島有事の際の韓国)に、戦えない軍隊が存在することはありえないから、在韓米軍は撤退することとなろう。

ならば、有事となる前に撤退してしまった方がいいと思うのは、普通の感覚である。
2016年に在韓米軍撤退というのは、あって当たり前というのが、軍事専門家の見方である。

するとどうなるか。
困った韓国は、今以上に支那にすり寄り、保護を求めることとなる。

支那にしてみると、かわいい子分二人が喧嘩して、親分に仲裁を求めてきているようなものである。
『その喧嘩、わしに預けろよ。両方とも仲直りして統一しろ。そして中華人民共和国朝鮮人自治区となれ』というのが中国共産党の党益であることは明白である。



どうせ独立を維持できない民族なのだから、あの民族にとってはこれが一番いいだろう。
ただ、日本にとっては好ましくない。対馬の眼の先に支那軍が展開することとなる。

尖閣ともども、さらに防衛力の強化が求められる


朝日新聞の記事は、ねつ造ばかり。・・・・・・・・・平成26年9月16日(火曜日)


http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4362

朝日新聞に新たな不祥事

任天堂・岩田聡社長インタビューを捏造していた!



朝日新聞て、インタビューまでねつ造しちゃうんだ!!!
あきれ返って言う言葉がない。

事は2年前にさかのぼる。
平成24年(2014)6月8日、朝日新聞東京版経済面に『ソーシャル時代、どう対応?』という記事が出た。
この中に任天堂岩田社長の顔写真とともに、同氏へのインタビュー記事が掲載された。

実はこの記事、任天堂のHPの動画で岩田社長が語っていたことを、いかにも直接会ってインタビューしたかのように記事にしたねつ造記事だった。

インタビューを断られた記者が、勝手にやったことらしいが、完全なねつ造記事である。
任天堂から抗議を受けて、任天堂に対しては謝罪したものの、読者には2年間も隠していたことは、悪質極まりない。

朝日新聞は、日本に存在する資格なし。全員、腹を切って詫びろ。


慰安婦問題の「主犯」は福島瑞穂。・・・・・・・・・平成26年9月15日(月曜日)


http://www.youtube.com/watch?v=ix-3Xhh0H_8&feature=player_embedded#t=120
2014/02/15 に公開

ふつう「私が犯罪者だ」と?嘘をつく人はいない。
しかし、罪になることはない状況で、かつ愉快犯的傾向のある人は、「詐話師」になることもあるようだ。
吉田清治がその最たるもので、彼の『私の戦争犯罪』には、済州島で「?慰安婦狩り」をした様子が詳細に書かれているが、なんとすべて嘘なのだ。本人ものちに?「フィクションだ」と認めた。

吉田のうそ話に目をつけて日本政府を相手に訴訟を起こそうとしたのが、福島瑞穂氏や高木健一氏などの弁護士である。
そこで彼らが見つけたのが金学順である。

彼女は親に売られてキーセンになり、義父に連れられて日本軍の慰安所に行ったのである。訴訟の目的は、軍票(敗戦で無効になった)で支払われた給与の賠償だった。

しかし、福島瑞穂はこの話をNHKに売り込んで、彼女はスタジオに立ち会って金に「女子挺身隊として強制連行された」と言うようせりふを教えた。

朝日新聞の植村記者がこれを(吉田のストーリーにそって)「女子挺身隊として強制連行された」と誤って、あるいは故意に悪意を以て報じたため、福島氏らは訴状を「軍に連行された」と書き換えた(だから彼女は「強制連行」が嘘であることを知っているはずだ)。
したがって主犯は福島氏で、朝日は問題を拡大した共犯である。

彼女のおかげで、日本は名誉を大きく傷つけられた。
子々孫々にまでその影響は残るだろう。

ただ一つよかったことは、この問題を通して朝鮮人とはどういう民族かを、日本人の多くが知ったことである。



ところでクネバァはどうしてるんだ。
相変わらず、諸国を行脚して「言いつけて」歩いてるんだろうか。
大いに頑張って、『朝鮮人とはどういう民族か』
を、世界中に知らしめてほしい。


帝国陸海軍は立派であった。・・・・・・・・・・・・平成26年9月14日(日曜日)


帝国陸海軍軍人は、正々堂々と戦った。
それが証拠に、日本軍は、民間人の虐殺をやっていない。
輸送船などの非戦闘部隊を攻撃していない。
特攻隊だって、攻撃したのは敵空母、戦艦等である。

それに対し、アメリカは、赤十字マークを付けた病院船まで沈め、都市に対する爆撃をやって非戦闘員の大虐殺をやり、核爆弾まで落とした。

帝国陸海軍は立派であった。
誇るべきことである。


いい話。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平成26年9月13日(土曜日)


ちょっと古い記事になる。
7月20日の産経ニュースに、5月31日に輸送艦「くにさき」艦上で行われた洋上追悼式の記事が載っている。
題して『日豪和解を促す武人の敬意』。

下のURLから、ぜひ全文をお読みいただきたいが、その内容を一部引用してみる。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140720/plc14072003050004-n1.htm

追悼式は豪州側が申し入れた。72年前のちょうど、この日、旧海軍の特殊潜航艇がシドニー港を攻撃し、少なくない戦死者が出た。このことが豪州側に衝撃を与え、忘れられない日になっていた。

 昭和17(1942)年に遡(さかのぼ)る。5月31日、潜水艦「伊24」などから発進した特殊潜航艇は3隻だった。リアス式海岸で細長い同港は厳重防備で、潜入は極めて困難とみられていた。
だが、潜航艇はかいくぐり、港内にいた米重巡洋艦シカゴに魚雷を放った。はずれたものの、魚雷は岸壁に当たって爆発し、係留中の兵員輸送艦クッタブルを撃沈した。豪州兵と英兵の計21人が戦死した。6月1日の未明だった。
豪海軍は2隻の潜航艇を撃沈し、引き揚げた。松尾敬宇大尉ら4人の遺体は日章旗に覆われた棺に納められ、弔銃が斉射された。正式な海軍葬で弔ったのは、衝撃とともに感銘を受けたからだった。



敵とはいえ、その勇敢さに感銘を受けた豪海軍は、最高の例を以て日本官軍軍人を弔ってくれたのだ。そればかりか、70年以上もたった今でも、語り継がれ、豪州軍指揮官のクローニン陸軍中佐は、先の大戦での敵国の潜航艇の乗組員の武勇を「祖国を愛する勇敢な行為」と称賛してくれたのである。
この記事を書いた論説委員中静敬一郎氏は『敵対意識の抑制、寛容、未来志向が和解を促した。てこになったのは、戦った者同士の互いの敬意だったのではないだろうか』と記している。
まさにその通りだと思う。

こんないい話の後に『それに比べ、朝鮮民族の・・・・』と書くのはやめておこう。こちらの心がけがれる。


那須の戦争博物館訪問。・・・・・・・・・・・・・・・・・平成26年9月11日(木曜日)


昨日は、久しぶりに戦争博物館を訪問し、栗林館長にお会いしてきました。
年はとっても、相変わらず意気軒高。

軍歌祭については、『場所がないからできないよ。場所さえあればやるんだが…』との事で、やる気は十分、でも、場所がない、探せばないわけじゃないけど高い、残念ながら・・・・といったところです。
オリンピックのとばっちりがとんだ所に来たものです。

戦争博物館旅順から持ってきた棗(なつめ)の木が大きくなり、実生が増えています。
その苗の販売を企画しています。

昭和天皇の命名した『ナスヒオウギアヤメ』も、池の周りにぐるりと植わって、どんどん増えつつあります。

一度訪ねてみてはいかがでしょう。


真の慰霊とは…。・・・・・・・・・・・・・・・・・平成26年9月9日(火曜日)


昔の人は言いました。『死人に口なし』

英霊といえども『死人』に変わりはない。自分で自分の正義を語り、自分で自分の名誉を守ることはできない。
代わりに今生きている我々が、彼らの代弁をして差し上げることが、慰霊祭にも勝る慰霊ではないだろうか。


英霊が被告席に立たされようとしています。・・・・・・・・・・・平成26年9月7日(日曜日)


英霊が被告席に立たされようとしています。

国のために命をささげた英霊が、今、被告席に立たされようとしています。
断腸の思いです。
我々の祖先に対する辱めのみならず、現在生きている我々、そして未来の日本人である我々の子供や孫に対する辱めでもあります。

と言いますのは、左翼500名ほどが原告となり、「安倍首相」「国」「靖国神社」を被告にし、首相の靖国参拝指し止めと、慰謝料一人1万円を求め、東京と大阪で訴訟を起こしました。
これは、国のために命をささげた英霊を被告席に座らせようとする暴挙以外の何物でもありません。

そこで我々は、「補助参加」という手段で、左翼売国集団に対抗いたします。
「補助参加」と言いますのは、民訴法第42条に基づく『訴訟の結果について利害を有する第3者は、当事者の一方を補助するため、その訴訟に参加できる』事を言います。

弁護団長は高池勝彦弁護士(東京弁護士会)、実務は徳永信一弁護士(大阪弁護士会)、会の代表は中村重行氏(京都北山神主)、筆頭参加人として鴻池祥筆参議院議員、その他津川雅彦、金美齢、竹田恒泰、加瀬英明、田母神俊雄、各氏など9月2日現在で130名ほどが名を連ねていただいております。

ご賛同いただければ、左翼の訴訟に対抗する『補助参加』に参加していただきたく、伏してお願いいたします。
裁判所への出頭などは必要ありません。委任状にハンコを頂くことにより、『補助参加』出来ます。

参加の仕方

1. 紙に『英霊を被告にする裁判』補助参加申込書』と書き、氏名、住所、電話番号を記して、事務局(FAX NO 06-6835-0974)にFAXしてください。事務局から、正式な申込書が郵送にて届きます。
準備ができ次第、委任状が送られてきますので、署名捺印して、弁護団に委任するだけで結構です。

2. ここをクリックすると、メール送信画面が出ますので、『英霊を被告にする裁判』の補助参加に申込ます』と書き、氏名、住所、電話番号を記して、そのまま送信してください。
このメールは、私(戦史資料館館長 本里福治)に届きますので、私から事務局へ転送いたします。



私ごとを申せば、私の父(本里福男)は、昭和20年6月、南支戦線にて戦死、靖国神社に祭られています。
戦死するまでの間、何一つ悪事はしていません。まじめに働き、出征してからはただひたすら、御国のために戦っただけです。
なぜ被告席に立たされなければならないのでしょうか。
涙が出る思いです。



なお、この組織は、お金がありません。主力となって推進している『作戦本部長 増木重夫』氏は塾の経営者ですが、この作戦の郵送料だけでも数十万円かかります。個人負担ではやっていけません。
『ご自分の切手代だけでも自分で負担しよう』というお気持ちで、御一人1,000円ほどのカンパもお願いいたします。

カンパは、下記へお願いいたします。

郵便振替
口座番号 00980-7-329878
名称   英霊を被告にして委員会

銀行口座
銀行名  ゆうちょ銀行 099店
当座預金 0329878
名称   英霊を被告にして委員会


帝国軍人は、人格豊かな、立派な人たちであった。・・・・・・・・・・・平成26年9月6日(土曜日)


しばらく体を壊していたことは、前に書いた。
その途中、どうしても発送しなければならない荷物があった。
腰が痛くてたまらなかったが、クロネコヤマトに持ち込んだ。
車から荷物を下ろす私を見つけたクロネコの社員が飛んできて『お持ちしましょう』
ありがたかった。

思えば私が子供のころは、荷物を送るといえば郵便小包しかなかった。郵便局にもっていっても『縛り方が悪い』『付箋が1枚しか付いていない』『手をかけるひもが付いていない』など、いろいろ言われて、『運んでやるから、ありがたく思え』と言わんばかりであったことを思い出した。あのころはまだ『逓信省=お上』の気風が残っていたのである。



仕事柄大型ごみを出すことがよくある。
民間のごみ処理業者は、トラックから降ろすのを気持ちよく手伝ってくれて『ありがとうございました』と…。

それに比べ、市のごみ処理場の担当者は、なんであんなにえばっているのか。
『分別をきちっとせよ。もっと早い時間に来い。そうすればごみを処理してつかわす』と言わんばかり。
彼らはよほど虐げられた人生を送ってきたのであろう。やっと定年後に、規則という大義名分を背景にえばれる地位に付けた喜びを満喫しているのだと思う。



くだらないことをいろいろ書いたのは、別に口説きたかったからではない。
帝国軍人のことである。

たとえば農家の次男三男などは、成長したら家にとって不要になる。
職人や丁稚奉公への道を選んだ人もいるだろうが、軍隊に入った人も少なくない。
軍隊に入って2~3年たてば、上等兵、兵長の階級がつき、初年兵に対しては絶対的権力が振える。
階級という大義名分を背景に、えばれる地位に付けた喜びを満喫したとしても、その気持ちはわからないわけではない。

不遇な少年時代を過ごしつつ成長した者ほど、意地悪内務班長になるのではないかと思う。

しかし、それは例外中の例外、多くは立派な帝国軍人であった。

少なくとも、私が会った元軍人は、すべて高潔な人格と崇高な愛国心を持った方であった。

これを自信を持って言えるということを、ここで明確にしておきたい。


『反日』にもいろいろある。その2・・・・・・・・・・・平成26年9月5日(金曜日)


2番目にたちが悪いのが、紙反日である。

新聞とは、電波と違って基本的に何を書いてもいい。

『赤旗』が『日本を共産化すれば、地上の楽園になる』というウソを書いても、誰も『偏向している』とは言わない。

『聖教新聞』が『日本人すべてが日蓮に帰依すれば、日本は世界に冠たる国になる』というウソを書いても、それはアリなのだ。
読む人が、ウソか誠か判断すればいいことだ。

ただし、個人的な誹謗中傷などは、もちろん別の話だが…。

では今回の朝日新聞事件をどう見ればいいのか。
朝日新聞が、あたかも日本の一般紙であるかの如く装ったことがいけないのだ。

もし朝日新聞が『わが社の正式社名は「朝鮮日報新聞社」訳して「朝日新聞」(ちょうにちしんぶん)です』と明確に宣言していたら、それはそれで一理あったのだ。
でも、そうしなかったのが命取り。どうあがこうが逃げ道はない。



では、外国反日はどうか。
何をしようが、すべてOKである。

『えっ???』と思わないでほしい。手を差し伸べて『仲良くしましょうよ』というもよし、ミサイルをぶち上げて瀬戸際外交をするもよし、実際に軍艦を差し向けて大砲をうちこむもよし、何でもアリなのだ。
国際社会は、西部劇の世界のように、自分で自分を護らなければならない世界なのだ。

日本国内において、個人対個人のトラブルは、個人的に報復することは許されない。その代わり、国家権力という、個人を超越した強権で守られている。(…事になっている。)

国際社会には、国家を超越した強大な権力はない。
国際紛争を戦争に寄らず解決すべく、かつては国際連盟ができ、今は国際連合(連合軍)という組織はあるが、機能しているとは言い難い。

その中において、差し伸べてきた手を握り返すか、払いのけるか、大砲を向けた軍艦に土下座して許しを請うか、反撃するか、それも何でもアリなのである。

クネクネババアが『言いつけ外交』をしてもそれはそれでいい、というよりは、するなといってもするだろう。
それにどう対応するか、反撃手段の選択は、こちらの自由なのである。

にもかかわらず、的確な反撃をしないばかりか、迎合するような政策をとってきた政府自民党、特に河野洋平なるものが一番悪い。もっとも、そんな奴に投票した国民は、もっと悪いともいえるが…。

「反撃手段を自由に選べる」という特権を存分に利用したいものだ。

安倍さん頑張れ!!!!


『反日』にもいろいろある。・・・・・・・・・・・・平成26年9月4日(木曜日)


ここは『戦史資料館』のホームページである。(いまさら、何を言ってるんだ。笑…)

にもかかわらず韓国批判。
『そんなことをやってないで、朝日新聞糾弾の論陣を張るのが先だろ』という意見もあるだろう。
それもわかる。

しかし、反日、非国民、売国奴などの勢力を見てみると、大きく3つあることが分かる。
一つ目は、支那朝鮮といった外国である。
二つ目は、朝日新聞を筆頭とする紙を使った反日である。
三つ目は、NHKを筆頭とする電波を使った反日である。

この中で何が一番たちが悪いか。
三つ目の、電波反日である。

なぜなら、影響力の大きさもさることながら、電波は有限資源であるということである。

電波とは3キロヘルツから3,000ギガヘルツ(3,000,000キロヘルツ)までしかない。
その中に、テレビラジオはもとより、緊急無線、航空管制無線、船舶通信、レーダー、衛星通信、ナビゲーターから携帯電話まで、すべての無線設備が入っているのだから、個人が勝手に電波を出すと、大変なことになる。
だから電波は国家が管理し、各無線局に一定の条件のもと、貸しているのである。

マスコミ(テレビ局)に対する『一定の条件』とは何か。それは、意見の分かれる事案に対しては、両方の主張を入れなければならない、偏ってはならないということだ。
マスコミ、特にNHKはそれに違反している。明確な法律違反、違法行為なのである。

しかし、訴えるのは難しい。その違法行為によって、私が明確な損害を受けたことを証明しなくてはならないという、高い高いハードルがあるのだ。

続く


帝国軍人は、理屈抜きで立派だった。・・・・・・・平成26年9月3日(水曜日)


ここしばらく、韓国人という朝鮮民族の許しがたいことを書いてきた。
同時にその後押しをしてきた朝日新聞は『地獄の底まで』追い詰めなければならないことは言うまでもない。

しかし、やつらのうそを『ひょっとしたらそんなこともあったのかもしれない』と思った日本人に対し、私は、韓国、朝日以上のどうしようもない憤りを感じる。

なぜ『あの軍規厳しい帝国軍人がそんなことをするわけがないじゃないか』と一笑に付さないのか

知ったような顔をして『兵隊さんも、現地じゃいろいろ悪いことをしたんだよ』なんて言うのか。

なぜ、我々の父や祖父を信じないのか。

そりゃ、日本人も1億人いるのだから、探せば一つや二つの不祥事もあるだろう。しかし、それは例外である。

南京でも、強姦事件を起こした日本兵が1人いたそうだ。
『それ見ろ。大虐殺はなかったとしても、中虐殺か小虐殺はあったんじゃないか』などと言ってはいけない。彼は、軍法会議でちゃんとした処罰を受けている。
それが帝国陸海軍なのだ。

子孫である我々が、帝国陸海軍軍人を信じなくて、誰が信じるというのか。誰が彼らの名誉を守れるというのか。

私は、何よりも怒りを感じるのは、その点である。


我らが先輩を侮辱するやつは許さない。・・・・・・・平成26年9月2日(火曜日)


今、80歳代90歳代の方は、大東亜戦争において勇敢に戦った。
そして、多くの方が亡くなった。
無事帰還された方は、焼け野原の日本を再建するため、知恵と汗を絞り出して働いた。
新幹線も、高速道路も、ビルも橋も道路も空港も、携帯電話も、光ケーブルも、みんなその年代の方々が作ったのだ。

今、60歳代70歳代の我々は、その方々の指示のもと、うろうろと下働きを下にすぎない。
だから、我々はもとより、もっと若い方々も彼らに感謝するとともに、彼らの名誉を守ってやる必要があるのだ。

戦争に参加して勇敢にたたかった方々に、屈辱を与えているのは韓国だ。
支那中狂もけしからんし、北朝鮮もけしからん。
しかし、韓国朝鮮人は、大東亜戦争当時は日本人として共に戦ったはずではなかったか。そして、日本人としての利益を思う存分受けたはずである。

にもかかわらず、我々の尊敬する先輩に屈辱を与えていることは、許し難い。
感謝しろとは言わない。日本を頼るな。日本にたかるな。
せめて、自立して生きろ。
自立が無理なら、支那中狂の属国となれ。

日本はもう面倒をみない。


よかろう、1,000年忘れるな。・・・・・・・・・平成26年9月1日(月曜日)


彼の国は、『恨みは1,000年忘れない』そうだ。
よし、忘れるなよ。絶対忘れるなよ。何があっても忘れるなよ。

そこで言おう。770年前に何があったか。
当時、朝鮮半島は元に占領されていた。
朝鮮民族としてやるべきことは、元の侵略に反抗し、独立運動をなすことである。

しかし、やつらはそうはしなかった。占領軍元にこびへつらう道を選んだのである。
1,800年代(日本で言うと明治時代)になって、当時の宗主国清にこびへつらったのと同じパターンである。
やつらの辞書には『独立』という言葉はないのだ。

話は戻って770年前、元の占領軍指揮官フビライは、海の向こうの日本などに興味はなかった。元は騎馬民族であるから、馬で行けないところなどに行く気はないのだ。

朝鮮族はいった。『フビライ様、海の向こうに日本という豊かな国があります。そこを攻め取るのがよろしかろうと思います』
『馬鹿を言え。海は馬では渡れない。そんな所を攻める気はない』
『いえいえ、フビライ様はただ、行けとお命じになるだけでいいのです。攻めるのは我々がやります。攻め取ってフビライ様に献上いたします』
『ならば、勝手にやるがよい』

てな訳で、元寇といわれる戦いは、実質的には元の旗を掲げた朝鮮族が攻めてきたのですよ。
そして、対馬において、すべての女性を凌辱し、男・子供は虐殺し、狼藉の限りをつくした。
その後、九州北部に攻めよせたが、鎌倉武士団の反撃で拠頭堡を確保できず、海上に引き退いたところを台風に因って全滅したのである。

やつらが1,000年恨みを忘れないというのであれば、我々も、770年前の恨みを、もう230年言い続けようじゃないか。
さあ、元寇の役での対馬での虐殺に対し、謝罪と賠償をしろ。

日本が言い出したら、ベトナムも言いだすぞ。ベトナムは60年前、ついこの間のことだからなあ。犯人はまだ生きているぞ。

さあ、クネクネ酋長、どうする。なんとか言え。


やつらに独立は似合わない。・・・・・・・・・平成26年8月31日(日曜日)


韓国が独立するのは、1,000年早すぎた。それまで朝鮮民族が独立を望んだことはなかったのだから…。

日本が清国と戦わざるを得なくなったのも、もとはと言えば朝鮮が独立する気がなかったからだ。あったのは、どの国の属国になるべきかという意見の相違で国が割れていただけなのだ。

当初は親清国派が主流であったが、日清戦争で日本が清国を破ると、日本の属国志願者が増えた。反日分子はロシアの属国になろうとする動きも見せた。満州に駐屯したロシア軍を追い出すため始めた日露戦争で日本が勝つと、日本の属国志願者はさらに増えた。
その間に、朝鮮国独立派は0であった。

しょうがないから、日本が統治してやって、膨大な金額のインフラ整備をしてやったのである。
朝鮮半島を委任統治しなければ、『おしん』は幸せに暮らせたし、『野麦峠』の悲劇はなかった。

昭和20年に、事のはずみで独立したことが朝鮮半島の悲劇の始まりであった。
独立国としての気構えも能力もない国が、内乱を続けつつも一応半世紀以上にわたって独立を維持できたのは、''アメリカ、日本、中共、ソ連が、南北朝鮮を支え続けたからだ。
''
それに感謝の念も抱かず、やりたい放題、言いたい放題を繰り返し、もう今までの支援国は、ほとほとあきれ返っている。
少なくとも日本、アメリカは『もうたくさんだ』と思ってしまった。

後は支那中共が面倒見てやれよ。日本は、面倒見きらん。


寄るな、触るな、こっち見るな。・・・・・・・・・平成26年8月30日(土曜日)


朝日新聞は、これからじわじわと首を絞められ、最後は廃刊ということで幕を下ろすだろう。
それに伴い、NHKをはじめとするマスコミに対する監視が高まり、やつらの思うようにはならなくなると思う。(というより、そうしなければならない)

一方、南朝鮮は、自ら掘った墓穴に落ち込んで身動きが取れず、自然崩壊に向かうだろう。
最終的には、中華人民共和国朝鮮人自治区になり、大統領制度はやめて中狂から下賜された『中共の手下の韓の王の印』を国印とするがよろしかろう。
そのうち中狂も崩壊し、中韓共に消えてなくなるのが、世界平和への貢献の唯一の道だ。

大切なことは、中韓共に消えてなくなるまで、日本は『寄るな、触るな、こっち見るな』方針の外交に徹することである。


何とか元へ戻りました。・・・・・・・・・・・平成26年8月29日(金曜日)


治りが遅いのは、やはり年のせいか。

思考力が戻っても、どうしてもわからないのが、朝日新聞がウソの記事を書き続けた理由です。動機といってもいいのだが、それがわからない。
はっきりわかるのは『朝日新聞は、日本が嫌いだ』ということです。

さて、敵対する勢力に対する行動基準は、次の4つです。(もちろん、理性をもって行動基準を決める能力があるということが前提ですが・・・・)

☆味方にとって有利になり、敵にとって不利になる行動はする。

☆味方にとって不利になり、敵にとって有利になる行動はしない。

☆味方にとって少し不利になっても、敵にとって大いに不利になる行動はする。

☆味方にとって少し有利になっても、敵にとって大いに有利になる行動はしない。

さて、『味方』に『朝日新聞』、『敵』に『日本』を代入したとき、朝日新聞がウソの記事を書き続けたという行動はどれに該当するでしょう。
私の見るところ、どれにも該当しないように思えるのですが、いかがでしょう。
確かに日本という敵には大きなダメージを与えることになりますが、ウソはいずれはばれる、その時自分は存在できなくなる。
つまり『敵にとって大いに不利になるが、味方にとってはもっと不利になる』
まともな人であれば、こんなことはしない。



次のような行動パターンもないわけではありません。
すなわち『及ばずながら、せめて一太刀』という考え方です。

探し求めていた父の敵(かたき)に巡り合った少年の場合です。
相手は剣の達人、自分はかなうわけがない。と言ってここで見逃しては男の恥。返り討ちにあうことを承知で『せめて一太刀浴びせて傷をつければ、たとえ討たれても本望。あの世で堂々と父にまみえることができよう』という場面を想像してください。
『敵にとって多少でも不利になるのであれば、味方の不利は問題にしない』という行動パターン。

では、今回の朝日新聞事件はこれなのか。
これは、自分の正義に自信があり、敵をとことん恨んでいることが条件となります。
なぜそこまで、朝日新聞は日本を恨むことになったのか、そこがわからない。

時の権力(徳川幕府)に刃向かった大塩平八郎、由井正雪、安藤昌益にしても、大義名分があり、『我こそは正義だ』という自信があった。つまり彼らなりの『言い分』である。
朝日新聞にはそれがあるのか。わからない。




ここまで書いたらお昼になった。昼食をとりながら一服して考えたら、もう一つ可能性があることに気付いた。

それは、『ウソがばれないうちに宗主国である韓国様が日本を乗っ取る。そうなれば、わが社はプロパガンダ作戦の功労者として、権力の中枢に入れる』と思っていた。
ところが、李明博やら朴槿恵(パク・クネ)やらのやり方を見て、『こりゃだめだ。勝ち馬は日本だ』と感じた朝日は、乗り換え戦略を練り、その第1発目が今回の事件なのではないか。

もしそうであるなら、今後朝日は手を変え品を変え、日本への諂(へつら)い作戦を展開するであろう。

もちろん、そんなものを信じてはだめだ。地獄の底まで追い詰めるのみ。


すみません。病欠願い・・・・・・・・・・・平成26年8月26日(火曜日)


8月9日に風邪をひいて、その後風邪は治ったが気管支炎が残り、肺炎になりかかっていまだに治らない。
体全体にガタガタになっているためか、昨日からは腰に来た。

書きたいことは山ほどあるのだが、思考力がなくなってまとまらない。

朝日新聞は、『戦ってくれたおじいちゃん』にこれ以上ない侮辱を与え、今生きている我々を辱め、子々孫々に汚名を着せた、最大級の犯罪者である。

地獄の底まで追い詰めなければならないが、どう書いていいのか、まとまらない。

朝日新聞は確信犯である。
『当時は研究が進んでいなかったため…』だと?  おいおい、石器時代や縄文時代のことじゃないぜ。ついこの間のことだよ。研究するまでもなく、国民の常識だった時代だよ。
いいわけなら、もっと上手にしろ。

とにかく、ここまで日本を辱めたいと思った理由を知りたい。

そんな思いに鬱々としつつ、意のままにならない体と脳味噌に発破をかけています。
でも、すみません。ちょっとお休みをください。もう少しで再起しますので…。


津川雅彦、カックイィィィ!!!。・・・・・・・・・・・平成26年8月21日(木曜日)


http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140819/dms1408191140004-n1.htm

【朝日の大罪】俳優・津川雅彦が緊急寄稿 慰安婦“大誤報”

「どうか見苦しく逃げ回ってほしい」
2014.08.19''

一部だけ、抜粋します。
全文は、上のURLから・・・。



 朝日新聞は、慰安婦報道の大誤報を訂正したことで、ゴーストライター騒動の佐村河内守氏や、号泣会見の野々村竜太郎元兵庫県議、理研の小保方晴子研究ユニットリーダーを抜き、一躍、「時代の寵児」の地位を獲得した。

 良くやったぞ、朝日の諸君! しかも謝罪しないのは、左翼らしくてよろしい!

 訂正には謝罪がつきものだと、ガキでも知っている。僕は子供のころから、すぐに謝るタイプだった。「謝って済むなら警察はいらない」と言い返され、「すみません」に「もうしません」を付け加えたほどだ。

 しかし、左翼に「潔さ」は、似つかわしくない。朝日の社長は記者会見もしない。どうか見苦しく逃げ回ってほしい。じゃないと、せっかく落ちた販売部数が元に戻っちゃ、元も子もない

 左翼嫌いの僕にとっては、その「卑怯(ひきょう)」「卑劣」なイメージをキープして、訂正記事を出したことを無駄にしてほしい。

 この原稿は役者としての率直素朴な感想に過ぎない。朝日の訂正事件は「左翼の終わりの始まりになる」と僕は信じている。


馬齢を重ねる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・平成26年8月20日(水曜日)


人間、人生を長くやっているとそれだけ経験を積む。
その経験…失敗も成功も含めて…から何かを学び取り、自分の糧とするとともに、後輩に伝えていかなくてはならない。
経験が、単に『体験したことがある』だけで終わってしまっている人を馬齢を重ねるというのであろうか。

でも、馬という動物はなかなか利口なやつで、体験を生かして使えないバカ人間を馬に例えるのは、馬に対して失礼な気もする。

馬の話はさておき、したり顔をして『戦争体験者である』という人がいる。
戦争体験者が語る戦争の悲惨さ・・・・・などといういい方をするが、『戦争体験者』なんて、一人もいないだろう。
いるのは戦争期間中に体験した『焼夷弾が落ちてきて怖かった』とか、『食べ物がなくて腹が減って大変だった』とか、人によっては『軍の特需で大儲けした』とか、戦争のかけら一つにも足りない個人的体験にすぎない。

戦争とは、国家挙げての大事業なのだ。個人が簡単に体験しましたなんて言えるものじゃない。
それを偉そうに『戦争体験者です』などというから、体験を経験として生かすことができない、つまり、馬齢を重ねている人間と言いたくなってしまう。

私が大東亜戦争当時を戦い抜いた方を侮蔑する気がないことは、このHPのトップページを見てもお分かり頂けると思う。
ただ、言いたいことは、『自分の人生の中の1ページを経験として生かすことができる能力があったら、戦争の悲惨さではなく、戦争に負けたことによる悲惨さを語るべきではないのか。そして、ニ度と負けてはならない、その為にはどうすればいいのかを、後世に伝えるべきなのではないか』ということを言いたいのです。


葛根廟事件。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平成26年8月19日(火曜日)


今、葛根廟事件に関して勉強している。
葛根廟事件というのは、昭和20年8月、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して満州に攻め込んできたソ連軍の、日本人に対する虐殺事件だ。

先日友人との会話の中で、
『戦争の悲惨さを語り継ぐなんて言ってるけど、本当の悲惨さは、戦争に負けて、国家主権のなくなった国民の悲惨さこそ、語り継ぐべきだよなあ。不可侵条約を一方的に破棄したソ連が悪いことは当たり前だが、日本が勝っていれば破棄はしなかったろうし…。

シベリヤ抑留という名の拉致事件だって、日本が勝っていれば彼らを救出に行けた。
満州からの引揚者だって、国家という後ろ盾があれば、安全に引き上げられたはずだ。主権国家という後ろ盾がなくなったから残留孤児なんて存在があるんじゃないか』

なんて話をしているうちに、友人から『葛根廟事件』という事件の存在を教えてもらったのです。

お恥ずかしいのですが、それまで、知りませんでした。

70歳になろうというのに、恥ずかしいことばかり。穴があったからといって入ったくらいじゃ収まりそうもありません。(笑

それにしても、○○事件と名前の付いている事件のほかに、引き揚げ途中に身ぐるみはがされ、強姦され、殺された引揚者は、何人になるか数えきれないと思います。

国家という後ろ盾があってこそ、日本人は世界中どこへ行っても安全に生きられるのです。

国家とは、国民の安全にとってなくてはならないものなのです。

だから、国民は、命を張って国家を守る必要があるのです。

先ほど『不可侵条約を一方的に破棄したソ連が悪い』と書きましたが、もっと悪いのは、それを忘れてしまった日本人、語り継ごうとしない日本人、知ろうとしない日本人です。

だから朝日新聞という反日紙売りが、今頃になって『従軍慰安婦強制連行の記事に誤りがあった』などと、ケロリと言って、おしまいにしようとする。


そうはさせんぞ。地獄の底まで追い詰めるぞ。


歴史小説家のかく人物像は真実ではない。でも『ウソ』でもない。・・平成26年8月18日(月曜日)


歴史小説家が書いた坂本竜馬も、秀吉も、家康も、信長も、義経も、伊達政宗も、その他歴史上の人物すべて決して本当の姿ではありえない。彼ら小説家の想像の人物像なのだ。
『だから、その人物像はウソ』とはだれも言わない。
脚色がなされているからこそ、より生き生きと、その人物像が浮かび上がるのである。

私がこのことに気付いたのは、小学校5年生の時である。
当時、小学館の出版だったと思うが、『小学○年生』という雑誌があった。ずっと愛読していた。その本には、必ず、1年で完結する小説が載っていた。

4年生の時は『新撰組』であった。新撰組が隊長近藤勇を中心に京都の治安を守るため、治安を脅かす『悪いやつら』と勇敢に戦う話であった。

『新撰組』は、3月で終わり、5年生になった4月からは『鞍馬天狗』が連載された。
なんと、先月までの正義の味方の近藤勇は、突如新しい時代を目指す志士たちを迫害する陰湿な殺し屋に変貌していた。

私は子どもながら、というか、子どもなりの感性で世の中の裏を見たのだ。
つまり『歴史に絶対の正義はない。見る方向によって、どちらも正義になりうるし、どちらも不義になりうる』ということだ。

小説を含むあらゆる文章を読むときには、筆者の立ち位置はどこなのかまで注意して読む必要があるだろう。


子々孫々まで祟(たた)られるがいい。・・・・・・・・平成26年8月15日(金曜日)


NHKのアサドラでは、いま『アンと花子』をやっている。花子の子供のころは貧乏で、本など十分に読めなかった。
しかし、彼女の口癖は、『想像の翼を羽ばたけば、どこへでも行ける。楽しいよ』であった。

長じてからは、その翼をはばたかせて『ミミズの女王』や『王子と乞食』を書き、その才能の一片を見せる。それからもいくつか子供向けの小説を書き、得意の英語も駆使して翻訳を手掛ける。

『赤毛のアン』の出版はもう少し先になるのであるが、私が今回の朝日新聞事件との関係を面白く見たのは、吉田清治(元共産党員)も自称小説家であったということだ。
つまり、小説家とは、『想像の翼を羽ばたかすことのできる人』なのだ。

よくいえば想像力が豊か、悪く言うと現実離れした空想・夢想・妄想の世界に生きているのである。

司馬遼太郎でも山岡宗八でも、渡辺純一でも、川端康成でも、芥川龍之介でも、五味川純平でも、百田尚樹でも、その他小説(フィクション)を1度でも書いたことがある人はすべて、執筆している瞬間は、空想の世界にどっぷりつかっていることだろう。

ここで問題になるのが『空想』と『ウソ』の境目である。
理屈をこねると難しくなる。ここでは簡単に『人を楽しませるのが空想。人を苦しめるのがウソ』としておこう。

上にあげた小説家たちは、少なくとも空想として書いていることと、現実とを、はっきり分けて考えることができる人たちだ。

吉田清治なるものは、空想と現実の見分けがつかない、『妄想狂』ではなかったか。

いや、そうでもない。当の本人は、20年以上も前に、フィクション(ウソ)であったと白状している。

結局、吉田清治の空想癖を利用し、日本民族を苦しめたのは朝日新聞なのである。

というよりかは、吉田清治と朝日新聞(植村隆)は、車の両輪のように補い合いながら日本を貶める『ウソ』を増殖させていったのだ。

八つ裂きの刑にしても飽き足らない。子々孫々まで祟(たた)られるがいい。


ここまでくれば、笑うっきゃない。・・・・・・平成26年8月12日(火曜日)


http://www.recordchina.co.jp/a90275.html

「ごみ拾いの起源は韓国だ!」の主張を、もはや真面目に取り合わない中国ネット「世界遺産に申請どうぞ!」

中国人でさえ呆れてる。

ここまで来ると、反論もしたくない。
お好きにどうぞ!!!

寄るな、触るな、こっち見るな!!!


不思議でしょうがないこと。・・・・・・・平成26年8月11日(月曜日)


不思議でしょうがないのは、こんな『誤報』が30年以上もまかり通っていたということだ。

もちろん、朝日新聞が一番悪いということはわかる。
しかし、その間にも、民間の研究者が何人も朝鮮半島を訪れ、現地調査をしている。
その結果、いわゆる被害者から『そんなことはなかった』『そんなことがあったら、暴動が起きてるよ』という証言を得ている。

外務省は、公的機関としての調査をなぜしなかったのか。
調査の結果、政府として、朝日新聞に『これは誤報ではないのか。裏付けはあるのか』という『問い合わせ』をしていれば、ここまで話はこじれなかったし、日本の名誉も守られたであろう。

事は単に『床上浸水家屋が20棟だったのか、25棟だったのか』という誤報とは違う。
彼の戦争に参加された方全員、いや、その子孫に至るまでの日本人すべてに対する『名誉棄損』であり『公然侮辱罪』に相当するのだ。

朝日新聞がけしからんのは、わかっている。それを取り締まれなかった公務員の責任はどうなんだろ。


朝日新聞は、こんな言い訳をしはています。・・・・平成26年8月8日(金曜日)


「女子挺身隊は、戦時下で女性を軍需工場などに動員した女子勤労挺身隊を指し慰安婦とは全く別です。
当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同が見られた事から誤用しました。」

どんな資料を参考にしたかは知らないが、こんなことは研究するまでもなく、当時の日本の常識だった。
実際に挺身隊に行った女性も大勢、元気にいたし、挺身隊を受け入れた工場の工員や経営者も大勢いた。
何をとぼけたことを言ってるんだ。

こんなことは、昭和20年生まれのアッシだって、ばあちゃんに聞いて知っていた。
朝日新聞の記者は、全く常識のない人だったってことですね。

「従軍慰安婦」という言葉だって、そんな言葉を聞いたことがある人が一人でもいたのか。当時の人すべてが、「従軍看護婦や従軍記者、従軍カメラマンとかには会ったことがあるが、従軍慰安婦なんて存在は、聞いたことがない」と答えただろう。

当り前だ。平成に入ってから、朝日新聞が作り出した言葉だからだ。

こちらも↓↓↓↓↓お楽しみください。


辛坊治郎、朝日をメッタ斬り!GJ!

http://sns.mynippon.jp/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=578779&from=weeklynews


帝国陸海軍軍人に感謝・・・・・・・・・・・・・平成26年8月7日(木曜日)


今日は、毎度おなじみの…軍歌軍装祭の話題です。

戦争博物館館長で、軍歌軍装祭実行委員長でもある栗林白岳氏から、こんなはがきが届きました。
・・・・・・・・・・・・・・・・ハガキ引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

軍歌軍装祭も最終公演を迎えます。
第42回の大演奏会を最後にお別れしなくてはなりません。この会場が11月より解体され、オリンピックのサッカーの会場になりますので、当分会場がありません。その為、平成2年より25年間、親しく愛されたこの催しも今回を最後にお別れしなくてはならなくなりました。そこで今回、別紙のごとく明治・大正・昭和の軍(ママ)を選び懐かしの軍歌大演奏会を開催します。特に第38回前後より楽団の方が力なく威しておられましたので今般は特に軍歌を演奏すれば日本第1番の自衛隊OBで編成された楽団の出演・演奏です。
旧陸海軍の流れをくむこれら団体の演奏に軍歌の星「三鷹淳」先生をはじめ一流の歌手の秋の一日を是非お楽しみください。
まして最後の大演奏会にはぜひご出席賜りたくご案内申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・引用終わり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

要するに、軍歌軍装祭は、今回が最後ということです。
半年間の心のリフレッシュとして、この会を楽しみにしていた私としては、残念というか、悲しいというか、なんとも言えない思いです。
会場確保のため、いろいろ戦略を練っていたようですが、功を奏さなかったようです。

前回は、軍歌の数が少なかったとの苦情もあり、私も館長に苦言を申し述べました。
今回はたっぷりと、気合を入れて45曲を予定しております。

予定曲目
水師営の会見・一月一日・戦陣訓の歌・如何に強風・雪の進軍・戦友の遺骨を抱いて・空の神兵・祖国の守り・広瀬中佐・大東亜戦争陸軍の歌・愛馬進軍歌・暁に祈る・愛国の花・日本海海戦の歌・大東亜戦争海軍の歌・太平洋行進曲・軍艦行進曲・麦と兵隊・アッツ島血戦勇士国民顕彰歌・陸軍予科士官学校校歌・江田島健児の歌・ポーランド懐古・嗚呼中村大尉・歩兵の歌・一校寮歌・アムール川・サイパン殉国の歌・進軍の歌・荒鷲の歌・元寇・露営の歌・国民進軍歌・橘中佐・勇敢なる水兵・戦友・若鷲の歌・明日はお立ちか・学徒出陣の歌・勝利の日まで・同期の桜・紀元は二千六百年・海ゆかば・嗚呼モンテンルパの夜は更けて・愛国行進曲・日の丸行進曲

開催要領は下記のとおりです。

開催・日時 平成26年10月18日 午前10時30分開場
会場・東京都神宮外苑日本青年会館大ホール
演奏・元自衛隊音楽隊OB隊 約35名
只今より前売り券を発売中、1名指定席4,000円 ハガキ・お電話でお申し込みください。
お別れ特別前売り券 親子・兄弟・知人でご利用できる3枚1組 10,000円 8月20日まで日時厳守

バラ券は1枚4,000円ですが、8月20日まで3枚セットでお申し込みいただきますと、10,000円/3枚ということです。

私が券販売の取り次ぎをするのも、今回が最後です。
希望者は、『行事案内』のページからメールにてお申し込みください。


帝国陸海軍軍人に感謝・・・・・・・・・・・・・平成26年8月6日(水曜日)


平成26年8月5日、朝日新聞が遅ればせながら従軍慰安婦報道の誤りを認めた意義は大きい。
真実の前には、『100辺の嘘』も、正体を現さざるを得なかったというべきか。

産経ニュースに、次の記述がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝日の報道が日韓関係悪化の発端となったにもかかわらず、「自国の名誉を守ろうとする一部の論調が、日韓両国のナショナリズムを刺激し、問題をこじらせる原因を作っている」と、ここでも責任を転嫁している。 

産経新聞が河野談話の虚構性や吉田証言が偽りであることなどをただしてきたのは、事実を重ね歴史認識を正しく伝えることが長期的に日韓両国の信頼につながると信じるからだ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140806/plc14080603430002-n3.htm

・・・・・・・・・・・・・・・・・・引用終わり・・・・・・・・・・・・・・・・・・

我々愛国陣営は、不必要に論争を求めるのではなく、真実を語ってきた。
そこには、日本が本当に悪いことをしたのであれば謝らなければならないという思いを秘めていたはずである。
しかし、いくら調べても、出てくるのは従軍慰安婦などいなかったという確証ばかり。

これは一重に、戦いの中にあっても人間らしい心を捨てなかった先人の遺徳である。
なんとありがたいことであろうか。
『調べたら日本軍の不道徳性を示す証拠ばかりが出てきた』などということになったら、私は悲しみのあまり、自殺していたであろう。

一方、間違った記事から、間違った歴史を信じ、(間違った歴史を知りながら…が正しいのかもしれないが)世界に言いふらした朴槿惠(パク・クネ)大統領は、ある意味、日本にとってありがたい存在である。
彼女のおかげで、どれだけの日本人が覚醒し、世界に朝鮮民族はうそつき民族であることを宣伝してくれたか。
李明博大統領の竹島上陸も、天皇に対する土下座謝罪要求も、同列である。

人を呪わば穴二つ、まさに、大統領2代にわたって墓穴を掘り、日本に貢献してくれたのである。

ついでだから、戦いの中にあっても人間らしい心を捨てなかった例をもう一つ。
アメリカは、東京をはじめとする都市の空襲、長崎、広島の原爆、輸送艦や病院船に対する魚雷攻撃、等々非戦闘員に対する虐殺の例は数知れない。
日本の軍隊が攻撃対象にしたのは戦闘部隊、空母や軍艦などであって、民間人は狙っていない。


認証コード(3467)

a:3084 t:3 y:2

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional